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天皇制

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013052101001977.htmlより、
天皇陛下が恒例の田植え 皇居内の水田で
2013年5月21日 19時08分
(写真)皇居内の生物学研究所脇にある水田で、田植えをされる天皇陛下=21日午後(宮内庁提供)

 天皇陛下は21日、皇居内の生物学研究所脇にある水田で恒例の田植えをされた。麦わら帽子をかぶり、開襟シャツにズボン、長靴姿で水田に入り、もち米のマンゲツモチとうるち米のニホンマサリの苗を、しゃがんで1株ずつ丁寧に植えた。
 苗は皇居内で昨年収穫した種もみから育てた。作付面積は238平方メートルで、この日は計70株を植え、後日さらに130株を植える。
 田植えは昭和天皇が農業奨励のために始め、陛下が引き継いだ初夏の行事。秋には稲刈りをし、収穫した米は皇室の神事などに使われる。(共同)

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013052100685より、
天皇陛下が田植え

 天皇陛下は21日午後、皇居内の水田で毎年恒例の田植えをされた。
 陛下は麦わら帽子をかぶり、グレーの開襟シャツに茶のズボン姿。黒の長靴を履いて水田に入り、うるち米のニホンマサリともち米のマンゲツモチの苗計70株を1株ずつ丁寧に植えた。
 秋に陛下が稲刈りをし、収穫した米は新嘗(にいなめ)祭などに使われる。(2013/05/21-16:48)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130521/k10014736621000.htmlより、
天皇陛下 皇居で恒例の田植え
5月21日 16時45分

天皇陛下は、皇居にある水田で恒例の田植えをされました。
皇居にはおよそ240平方メートルの水田があり、昭和天皇のころから稲作を奨励するためとして、毎年コメ作りが行われています。21日は午後から晴れて日ざしが強く、天皇陛下は、麦わら帽子をかぶって水田に入られました。
そして、もち米の「マンゲツモチ」と、うるち米の「ニホンマサリ」の苗、合わせて70株を一株ずつ丁寧に植えられました。
これらの苗は、先月、天皇陛下がみずから種もみをまかれたもので、宮内庁によりますと、高さ15センチから20センチと順調に育っているということです。
稲は秋に収穫され、11月に宮中で行われる新嘗祭などに使われます。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130521/k10014720371000.htmlより、
両陛下 施設訪問の公務一部譲ることに
5月21日 5時5分

宮内庁は、天皇皇后両陛下が毎年続けてきた、「こどもの日」と「敬老の日」にちなむ施設の訪問について、来年を最後に、皇太子ご夫妻や秋篠宮ご夫妻に譲られることになったと発表しました。
両陛下は平成4年から毎年、5月の「こどもの日」と9月の「敬老の日」にちなんで、東京都内とその近郊の保育園や高齢者の福祉施設などを訪れ、子どもと触れ合ったり、お年寄りを励ましたりしていて、ことしも、23日に東京・江東区の小学校を訪問される予定です。
天皇陛下はことし12月に、皇后さまは来年10月に、80歳になられます。
宮内庁によりますと、両陛下は、「こどもの日」や「敬老の日」にちなんだこうした公務は若い世代が行うほうがより適切だとして、来年を最後に、皇太子ご夫妻や秋篠宮ご夫妻に譲られることになったということです。
天皇陛下は、去年12月の誕生日前の記者会見で、公務について「今のところしばらくはこのままでいきたい」と述べられていて、宮内庁は「継続的な課題となっているご負担軽減の問題は、今回の決定とは切り離した、別の問題だと理解してほしい」としています。

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201305/2013052000514より、
両陛下の施設訪問、来年まで=こどもの日と敬老の日-宮内庁

 宮内庁の山本信一郎次長は20日の定例記者会見で、天皇、皇后両陛下が1992年以来行ってきたこどもの日と敬老の日にちなんだ施設訪問を来年までとし、皇太子ご夫妻や秋篠宮ご夫妻に譲られることを明らかにした。
 山本次長によると、両陛下はこれまで両祝日の時期に合わせ、保育所や高齢者福祉施設などを毎年訪れていた。しかし、両陛下とも高齢であることから、宮内庁は祝日の趣旨を踏まえ、より若い世代による訪問を検討。陛下が今年、皇后さまが来年80歳を迎えるのを機に譲ることを決めたという。(2013/05/20-16:51)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013050901001041.htmlより、
皇居で大綬章の親授式 羽田元首相ら23人
2013年5月9日 12時33分

 春の叙勲受章者のうち、羽田孜元首相(77)ら大綬章の23人に天皇陛下が勲章を手渡す親授式が9日、皇居・宮殿「松の間」で開かれた。内閣府によると、大綬章の受章者数は現行の叙勲制度になった2003年秋以降で最多。
 式後には受章者を代表して、羽佐間重彰元産経新聞社会長(85)があいさつ。陛下からはお祝いの言葉がある。
 他の受章者は池坊保子元文部科学副大臣(71)、植松治雄元日本医師会会長(81)、久間章生元防衛相(72)、中井洽元国家公安委員長(70)、吉田二郎元南海電鉄会長(79)ら。
 出席予定だった受章者の与謝野馨元財務相(74)は欠席した。(共同)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130509/k10014450761000.htmlより、
春の叙勲 皇居で勲章の親授式
5月9日 12時0分

春の叙勲で「大綬章」を受章した人たちへの勲章の親授式が9日、皇居で行われました。
ことしの春の叙勲では、「桐花大綬章」を元総理大臣の羽田孜さんが受章しました。
また、「旭日大綬章」は財務大臣などを務めた藤井裕久さんや産経新聞社の元会長の羽佐間重彰さんら16人が、「瑞宝大綬章」はロシア大使などを務めた丹波實さんら4人が受章しました。
このほか、外国人の叙勲で3人が「旭日大綬章」を受章しました。親授式は午前10時半から皇居・宮殿の「松の間」で行われ、天皇陛下から出席した一人一人に勲章が贈られました。
続いて、受章者を代表して羽佐間さんが、それぞれの分野でさらなる精進を重ねていく決意を述べました。
これに対して天皇陛下が「長年それぞれの務めに精励し、国や社会のために、また人々のために尽くされてきたことを深く感謝しています」と述べられました。
このあと受章者たちは、勲章を身に着けて宮殿の前で記念撮影に臨みました。

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2013050900364より、
皇居で大綬章親授式

 春の勲章の大綬章親授式が9日午前、皇居・宮殿「松の間」で行われ、天皇陛下から外国人3人を含む受章者23人に勲章が手渡された。
 出席したのは桐花大綬章の羽田孜元首相(77)、旭日大綬章の藤井裕久元財務相(80)、瑞宝大綬章の竹島一彦前公正取引委員会委員長(70)ら。与謝野馨元財務相(74)は欠席した。
 天皇陛下は出席者を前に、「長年それぞれの務めに精励し、国や社会のために、また人々のために尽くされてきたことを深く感謝しております」とお祝いの言葉を述べられた。(2013/05/09-11:36)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130429/k10014255141000.htmlより、
春の叙勲 受章者を発表
4月29日 6時14分

ことしの「春の叙勲」の受章者が発表され、「桐花大綬章」の羽田元総理大臣ら、各界で功労のあった合わせて4099人が受章することになりました。
ことしの「春の叙勲」を受章するのは、「桐花大綬章」が1人、「旭日大綬章」が16人、「瑞宝大綬章」が4人、「旭日重光章」と「瑞宝重光章」が合わせて37人、「旭日中綬章」と「瑞宝中綬章」が合わせて310人、「旭日小綬章」と「瑞宝小綬章」が合わせて903人など、全体で4099人です。
このうち、女性の受章者は364人、民間からの受章者は1761人となっています。
「桐花大綬章」は、元総理大臣の羽田孜さんが受章します。
また、「旭日大綬章」は、文部科学副大臣などを務めた池坊保子さん、元日本医師会会長の植松治雄さん、防衛庁長官などを務めた大野功統さん、防衛大臣などを務めた久間章生さん、法務大臣などを務めた滝実さん、行政改革担当大臣などを務めた中馬弘毅さん、文部科学大臣などを務めた遠山敦子さん、国家公安委員長などを務めた中井洽さん、衆議院副議長などを務めた中野寛成さん、元最高裁判所判事の那須弘平さん、元産経新聞社会長の羽佐間重彰さん、財務大臣などを務めた藤井裕久さん、法務大臣などを務めた前田勲男さん、元最高裁判所判事の宮川光治さん、財務大臣などを務めた与謝野馨さん、元南海電鉄会長の吉田二郎さんの合わせて16人が受章します。
さらに、「瑞宝大綬章」は、元国際電気通信連合事務総局長の内海善雄さん、元会計検査院院長の大塚宗春さん、元公正取引委員会委員長の竹島一彦さん、ロシア大使などを務めた丹波實さんの4人が受章します。
このほか、「旭日中綬章」に、元日本サッカー協会会長の小倉純二さん、「旭日小綬章」に、映画「男はつらいよ」シリーズなどで知られる俳優の倍賞千恵子さんの受章が決まりました。
さらに、外国人叙勲では、23の国と地域から合わせて40人が受章することになりました。
叙勲の親授式や伝達式などは、来月9日から行われます。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013042801001498.htmlより、
叙勲、倍賞千恵子さんら約4千人 羽田孜氏に桐花大綬章
2013年4月29日 05時26分

 政府は29日付で2013年春の叙勲受章者を発表した。今回最高位の桐花大綬章は羽田孜元首相(77)が選ばれた。俳優の倍賞千恵子(本名・小六千恵子)さん(71)、テレビ演出家の鶴橋康夫(本名・倉田康夫)さん(73)、歌舞伎俳優の沢村田之助(本名・山中宗雄)さん(80)、詩人の吉増剛造さん(74)らには旭日小綬章が贈られた。受章者は桐花大綬章1人、旭日章911人、瑞宝章3187人の計4099人。女性は364人で全体の8・9%だった。民間人は1761人で全体の43・0%。(共同)

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2013042900026より、
羽田元首相に桐花大綬章=倍賞千恵子さん旭日小綬章-春の叙勲

 政府は29日付で、春の叙勲受章者4099人を発表した。羽田孜元首相(77)が桐花大綬章を受章。旭日大綬章に、中野寛成元衆院副議長(72)、藤井裕久元財務相(80)、与謝野馨元財務相(74)、池坊保子元文部科学副大臣(71)ら16人が選ばれた。瑞宝大綬章は、竹島一彦前公正取引委員会委員長(70)、丹波実元駐ロシア大使(74)ら4人に贈られる。
 芸術・文化分野では、「男はつらいよ」シリーズのさくら役で知られる女優の倍賞千恵子(本名小六千恵子)さん(71)、テレビ演出家の鶴橋康夫(同倉田康夫)さん(73)、歌舞伎俳優の沢村田之助(同山中宗雄)さん(80)、詩人の吉増剛造さん(74)さんらが旭日小綬章を受章した。
 受章者の内訳は、大綬章21人、重光章37人、中綬章310人、小綬章903人、双光章1591人、単光章1237人。女性の受章者は364人で全体の8.9%、民間の受章者は全体の43.0%だった。
 外国人叙勲は23カ国・地域から40人(うち女性7人)が受章。フランスのフランソワ・フィヨン前首相(59)、ナミビアのテオ・ベン・グリラブ元国連総会議長(75)ら3人が旭日大綬章に選ばれた。
 大綬章の親授式と重光章の伝達式は5月9日に皇居で、中綬章以下の伝達式は10日から関係府省などで行われる。

◇大綬章受章者
 大綬章の受章者は次の通り(外国人叙勲を含む。敬称略)。
 【桐花】元首相・羽田孜(77)=長野県上田市
 【旭日】元文部科学副大臣・池坊保子(71)=京都市北区▽元日本医師会会長・植松治雄(81)=堺市北区▽元防衛庁長官・大野功統(77)=香川県観音寺市▽元防衛相・久間章生(72)=長崎県南島原市▽前法相・滝実(74)=奈良市▽元行政改革担当相・中馬弘毅(76)=大阪市阿倍野区▽元文部科学相・遠山敦子(74)=東京都世田谷区▽元国家公安委員長・中井洽(70)=三重県伊賀市▽元衆院副議長・中野寛成(72)=大阪府豊中市▽元最高裁判事・那須弘平(71)=東京都江東区▽元産経新聞社社長・羽佐間重彰(84)=同大田区▽元財務相・藤井裕久(80)=同港区▽元法相・前田勲男(70)=同文京区▽元最高裁判事・宮川光治(71)=同港区▽元財務相・与謝野馨(74)=同新宿区▽元南海電気鉄道社長・吉田二郎(79)=堺市南区▽元国連総会議長・テオ・ベン・グリラブ(75)=ナミビア▽元上院議長・エドガルド・J・アンガラ(78)=フィリピン▽前首相・フランソワ・フィヨン(59)=フランス
 【瑞宝】前国際電気通信連合(ITU)事務総局長・内海善雄(70)=東京都中野区▽元会計検査院長・大塚宗春(70)=千葉市美浜区▽前公正取引委員会委員長・竹島一彦(70)=東京都渋谷区▽元駐ロシア大使・丹波実(74)=同目黒区(2013/04/29-05:13)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130428/k10014244061000.htmlより、
春の褒章 723人と13団体
4月28日 5時15分

長年にわたって、その道一筋に打ち込んできた人や、芸術・スポーツの分野で功績のあった人などに贈られる、ことしの「春の褒章」の受章者が発表され、シンガーソングライターの松任谷由実さんら、723人と13の団体が受章することになりました。
ことしの「春の褒章」を受章するのは、▽人命救助で功績のあった人や団体に贈られる「紅綬褒章」が18人、▽ボランティア活動で功績のあった人や団体に贈られる「緑綬褒章」が14人と13団体、▽長年にわたって、その道一筋に打ち込んできた人に贈られる「黄綬褒章」が182人、▽芸術や文化、スポーツ、学術研究の分野で功績のあった人に贈られる「紫綬褒章」が20人、▽公共の仕事で顕著な功績のあった人に贈られる「藍綬褒章」が489人となっています。
このうち、紫綬褒章を受章するのは、▽長年にわたり、多くの人々に親しまれる数多くの作品を発表してきたシンガーソングライターの松任谷由実さん、▽バレエダンサーとして世界的に活躍するとともに、みずからバレエカンパニーを設立して活発な公演活動を展開している熊川哲也さん、▽彫刻家・現代美術家として、木彫の新たな可能性を切り開くとともに、後進の育成に尽力している深井隆さんらです。
「春の褒章」の受章者は、来月15日と16日に天皇陛下からおことばを受けることになっています。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013042701001930.htmlより、
松任谷由実さんら723人に 春の褒章、熊川哲也さんも
2013年4月28日 05時10分

 政府は2013年春の褒章受章者を28日付で発表した。723人(うち女性194人)と13団体で、29日に発令される。紫綬褒章は20人(うち女性4人)。シンガー・ソングライターの松任谷由実さん(59)や、バレエダンサーの熊川哲也さん(41)、人形浄瑠璃文楽三味線演奏家の野沢錦糸(本名・高次郁)さん(55)らが受章した。
 薬学で優れた業績を挙げた東北大教授の寺崎哲也さん(58)らも選ばれた。
 黄綬褒章は半世紀近く釣りざお製造に従事してきた石沢弘さん(69)=盛岡市、鍼灸マッサージ業の浦塚国男さん(86)=大分県日田市=ら182人(うち女性12人)に決まった。(共同)

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013042800016より、
松任谷由実さんに紫綬=バレエの熊川さんも-春の褒章、女性最多

 政府は28日付で、2013年春の褒章受章者723人と13団体を発表した。学術や芸術の分野で活躍した人を対象とする紫綬褒章は、シンガーソングライターの松任谷由実さん(59)や、バレエダンサーの熊川哲也さん(41)らが受章した。女性は過去最多の194人が受章。全体(団体除く)に占める女性の割合も最高の26.8%となった。29日付で発令される。(2013/04/28-05:09)

http://mainichi.jp/opinion/news/20130109k0000m070095000c.htmlより、
記者の目:「女性宮家」創設の是非=真鍋光之
毎日新聞 2013年01月09日 00時54分

 女性宮家の是非や在り方を巡り、野田前政権は昨年10月に論点整理を発表した。その後、国民の意見を募るパブリックコメントを実施したが、昨年末に発足した安倍新政権がこの問題をどう取り扱うかが不透明になっている。安倍晋三首相は「女系天皇」反対の立場から女性宮家創設に慎重であることが知られており、「論議が中断する」「制度改正は見送り必至では」などの声が出ている。
 だが、ちょっと待ってほしい。一昨年から1年かけて女性宮家創設について考え、広く国民から意見を聞いた一連の動きを、簡単に棚上げしたり、中止したりして良いのか。皇室の現状を見ると、論議をご破算にして良いとは思えない。さらに議論を進めるべきだ。

 ◇賛否が割れる国民の意見
 これまでの流れを振り返ってみよう。皇室制度を定めた皇室典範に従い、女性皇族は結婚によって皇籍を離れることから、秋篠宮ご夫妻の長男悠仁さま(6)が即位するころには皇族の数が極端に減って皇族全体の活動が狭まることが懸念される。このため典範を改正して女性皇族が結婚後も皇室に残れるようにすべきなのか、その時はどう改正すべきなのかを問う有識者ヒアリングも昨年2月から進められた。
 政府の皇室典範改正準備室は7月までに12人から意見を聞き、論点整理をして公表した。案は(1)結婚後も宮家を構えて皇室にとどまる。夫や子も皇族とするが、子は結婚後は皇族でなくなる(2)宮家を作るが夫や子は皇族としない(3)皇族ではなくなるが、国家公務員として皇室活動に携わる−−の三つ。対象は天皇の子や孫の内親王に限った。
 同準備室は2カ月間、国民からメールや手紙などで意見を募り、26万件以上が集まった。「ごく自然な流れだ」と女性宮家創設に賛同する意見がある一方、反対意見が多数を占め、「元皇族の皇籍復帰の検討を希望する」との主張も多かった。ただ、反対意見はいくつかの定型文を使った組織的な提出をうかがわせるものも多数見受けられたという。数だけでなく内容を精査する必要があるだろう。
 問題は、論点整理とパブリックコメントの意見が新政権でどう扱われるかだが、政府や宮内庁関係者は「白紙、棚上げになるのではないか」と悲観的だ。
 安倍首相は自民党の「皇室の伝統を守る会」の会長でもあり、一昨年12月16日付毎日新聞朝刊「論点」では「宮家が女系になれば、女系天皇に向け日本の皇位継承の基本原理が大きく変化する」と問題点を指摘している。だが、そもそも論点整理は皇位継承問題とは切り離し、皇族の減少に歯止めをかける目的で論じられてきたことを忘れるべきではない。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130109k0000m070095000c2.htmlより、
 私は、皇位継承に絡む皇室の伝統は尊重されるべきだと考える。ただ現行制度のままでは近い将来、皇族の数が減っていくことは事実だ。それにどう対応すべきかについて時間をかけて議論してきたのに、白紙に戻したり、棚上げしたりすることには賛成できない。
 皇族方はどう考えているのか。寛仁(ともひと)親王家の長女彬子(あきこ)さま(31)は昨年1月7日付毎日新聞朝刊のインタビューで「お国の決定に任せるしかないが、決めるのであれば早く決めていただきたい」「私自身落ち着かない状態です」とし、「お相手の方の将来にも関わってくる問題です」と早期決着を望んだ。
 秋篠宮さまは昨年11月の誕生日に合わせた記者会見で、「有識者ヒアリング等の様子も折に触れて聞いております」と述べた。長女眞子さまは21歳、次女佳子さまは18歳。秋篠宮さまは「娘たちとは、このことについて話をしたことはありますし、現在の状況も伝えておりますので、彼女たちもそのことについて承知をしていると思います」と述べ、親子で話し合っていることを明かした。ご自身の意見や会話内容は明かさなかったが、娘たちの将来を思う父親の顔をのぞかせた。

 ◇「現制度は問題」との認識で一致
 女性宮家問題は、未婚の女性皇族方にとってはまさに自らの将来に関わってくる問題であり、それでいて自分たちではどうすることもできない歯がゆさがある。「早く決めていただきたい」という彬子さまの気持ちはよく分かる。
 男系尊重に徹するか、女性宮家を認めるか。いずれの論でも現行制度のままだと問題があることでは、ほぼ一致している。皇室の将来を考えることは、日本の骨格を考えることでもある。安倍政権で論点整理、パブリックコメントの結果が生かされ、この問題に一定の道筋ができることを期待したい。(東京社会部)

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013010200026より、
「皆で被災地に心寄せて」=皇居で新年の一般参賀

 新年恒例の一般参賀が2日、皇居・宮殿東庭で行われ、7万8760人(皇宮警察調べ)が訪れた。天皇、皇后両陛下は皇族方とともに計5回長和殿のベランダに立ち、参賀者に手を振って応えられた。
 天皇陛下は、東日本大震災について「これからも皆で被災地に心を寄せて過ごしていきたい」と触れた上で、「本年が国民にとり、少しでも良い年となるよう願っています」とあいさつした。
 初回の参賀には、昨年7月に心臓手術を受けて療養中の三笠宮さまも、同妃百合子さまと出席。しっかりとした足取りでベランダに立つと、にこやかに手を振った。(2013/01/02-16:23)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130102/k10014554601000.htmlより、
一般参賀 “被災地に心を寄せて”
1月2日 15時54分

正月2日、皇居で一般参賀が行われ、天皇陛下が東日本大震災の被災地に寄せる思いを表したうえで、「本年が国民一人びとりにとり、少しでもよい年となるよう願っています」とあいさつされました。
2日の東京は朝から青空が広がり、午前9時半に皇居の正門が開くと、待っていたおよそ1万2000人が二重橋を通って宮殿の前に向かいました。
天皇皇后両陛下は、皇太子ご夫妻や秋篠宮ご夫妻など皇族方と共に宮殿のベランダに立ち、訪れた人たちに笑顔で手を振って応えられました。
そして天皇陛下が、東日本大震災では多くの人たちが被災者のために力を尽くし、心強いことだったと振り返ったうえで、「これからも皆で被災地に心を寄せて過ごしていきたいと思います。本年が国民一人びとりにとり、少しでもよい年となるよう願っています」と新年のあいさつをされました。
両陛下と皇族方は、午前3回、午後2回の合わせて5回、宮殿のベランダに立たれ、1日でおよそ7万9000人が皇居を訪れて新年を祝いました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130102/k10014554601000.htmlより、
一般参賀 “被災地に心を寄せて”
1月2日 12時13分

正月2日、皇居で一般参賀が行われ、天皇陛下が東日本大震災の被災地に寄せる思いを表したうえで、「本年が国民一人びとりにとり、少しでもよい年となるよう願っています」とあいさつされました。
2日の東京は朝から青空が広がり、午前9時半に皇居の正門が開くと待っていたおよそ1万2000人が二重橋を通って宮殿の前に向かいました。
天皇皇后両陛下は、皇太子ご夫妻や秋篠宮ご夫妻など皇族方と共に、午前中3回、宮殿のベランダに立ち、訪れた人たちに笑顔で手を振って応えられました。
そして天皇陛下が、東日本大震災では多くの人たちが被災者のために力を尽くし、心強いことだったと振り返ったうえで、「これからも皆で被災地に心を寄せて過ごしていきたいと思います。本年が国民一人びとりにとり、少しでもよい年となるよう願っています」と新年のあいさつをされました。
皇居には午前11時半までにおよそ4万2000人が訪れて新年を祝いました。
天皇ご一家は、午後も1時半ごろと2時20分ごろの2回ベランダに立たれます。
参賀を希望する人は、午後2時10分まで皇居正門から入場することができます。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013010201000755.htmlより、
皇居で新年一般参賀 陛下ら5回ベランダに
2013年1月2日 11時46分

 天皇陛下が新年に当たり、祝賀を受ける恒例の新年一般参賀が2日午前、皇居・宮殿で行われた。天皇陛下は「本年が国民一人びとりにとり、少しでも良い年となるよう願っています」とあいさつされた。
 陛下は皇后さまや皇太子、秋篠宮両ご夫妻、成年皇族とともに宮殿・長和殿のベランダに立ち、東庭に集まった人々に手を振った。
 昨年7月に心臓手術を受けた三笠宮さま(97)も出席。三笠宮さまが手術後、一般に姿を見せるのは初めて。
 陛下のあいさつは午前3回、午後2回の計5回行われる。(共同)

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013010200026より、
「皆で被災地に心寄せて」=皇居で新年の一般参賀

 新年恒例の一般参賀が2日、皇居・宮殿東庭で行われ、多くの参賀者が訪れた。天皇、皇后両陛下は皇族方とともに長和殿のベランダに立ち、参賀者に手を振って応えられた。
 天皇陛下は、東日本大震災について「これからも皆で被災地に心を寄せて過ごしていきたい」と触れた上で、「本年が国民にとり、少しでも良い年となるよう願っています」とあいさつした。
 初回の参賀には、昨年7月に心臓手術を受けて療養中の三笠宮さまも、同妃百合子さまと出席。しっかりとした足取りでベランダに立つと、にこやかに手を振った。(2013/01/02-11:25)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130101/k10014546721000.htmlより、
皇居で「新年祝賀の儀」
1月1日 15時52分

元日の1日、皇居では「新年祝賀の儀」が行われ、天皇陛下が「国の発展と国民の幸せを祈ります」と新年のあいさつをされました。
「新年祝賀の儀」は、年の初めに天皇陛下が皇后さまとともに、皇族方や総理大臣、衆参両院の議長と議員、それに日本に駐在する外国の大使などから、新年のお祝いを受けられる儀式です。
皇居・宮殿の「松の間」では、午前11時すぎから、両陛下が皇太子さまなど皇族方とともに儀式に臨まれました。
そして、出席した衆参両院の議員や夫人を代表して、伊吹衆議院議長と平田参議院議長が、それぞれ新年のあいさつをしました。
これに対し、天皇陛下が「年頭にあたり、国の発展と国民の幸せを祈ります」と述べられました。
両陛下は、午前中、安倍総理大臣や閣僚、それに最高裁判所の長官などからもあいさつを受けられました。
また、午後からは、日本に駐在する130近くの国の大使夫妻らが皇居を訪れました。
華やかな民族衣装を身に着けた大使夫妻らは、順番に両陛下の前に進み出て、新年のあいさつをしていました。
皇居では、2日、一般参賀が行われ、天皇陛下は皇族方とともに、午前3回、午後2回の合わせて5回、宮殿のベランダに立って、訪れた人たちのお祝いにこたえられることになっています。

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013010100087より、
皇居で新年祝賀の儀

 天皇、皇后両陛下が皇族方や三権の長らから新年のお祝いを受ける「新年祝賀の儀」が1日、皇居・宮殿で行われた。
 天皇陛下は「新しい年をともに祝うことを誠に喜ばしく思います。年頭に当たり、国の発展と国民の幸せを祈ります」とあいさつされた。
 午前は、皇太子ご夫妻をはじめとする皇族方が両陛下にお祝いを述べた後、安倍晋三首相や、衆参両院議長らによる祝賀が行われた。(2013/01/01-15:27)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013010101001401.htmlより、
陛下「国民の幸せ祈る」 皇居で新年祝賀の儀
2013年1月1日 13時30分

 天皇、皇后両陛下が皇族や三権の長らから新年のお祝いを受ける「新年祝賀の儀」が1日、皇居・宮殿で開かれた。
 皇太子、秋篠宮両ご夫妻、昨年7月に心臓手術を受けた三笠宮さまら皇族や、安倍晋三首相、衆参両院議長、最高裁長官、閣僚らから新年のあいさつを受けた。天皇陛下は「一同の祝意に深く感謝します。年頭に当たり、国の発展と国民の幸せを祈ります」と応じられた。
 天皇陛下が年初の夜明け前に国の安寧や豊作を祈る宮中祭祀「四方拝」の場所は、昨年に続いて天皇陛下の負担軽減を考慮し、皇居・神嘉殿から住まいの御所の庭に変更された。(共同)

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc&k=2013010100096より、
「支え合って困難克服を」=新年の感想で天皇陛下

 天皇ご一家は2013年の新年を迎えられた。天皇陛下は年頭に当たり、宮内庁を通じて感想を公表し、東日本大震災の被災者を気遣った上で、「皆が被災者に心を寄せつつ、互いに支え合って困難を克服していくよう期待しています」とつづった。
 陛下は、二度目の冬を避難先や仮設住宅で迎えた被災者のことを「改めて深く案じられます」と述べ、被災経験を生かした防災教育やまちづくりが行われ、「安全な生活が確保される方向に向かうよう願っています」と記した。(2013/01/01-13:07)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130101/k10014546721000.htmlより、
皇居で「新年祝賀の儀」
1月1日 12時13分

元日の1日、皇居では「新年祝賀の儀」が行われ、天皇陛下が「国の発展と国民の幸せを祈ります」と新年のあいさつをされました。
「新年祝賀の儀」は、年の初めに天皇陛下が皇后さまとともに、皇族方や総理大臣、衆参両院の議長と議員、それに日本に駐在する外国の大使などから、新年のお祝いを受けられる儀式です。
皇居・宮殿の「松の間」では、午前11時すぎから、両陛下が皇太子さまなど皇族方とともに儀式に臨まれました。
そして、出席した衆参両院の議員や夫人を代表して、伊吹衆議院議長と平田参議院議長が、それぞれ新年のあいさつをしました。
これに対し、天皇陛下が「年頭にあたり、国の発展と国民の幸せを祈ります」と述べられました。
両陛下は、午前中、安倍総理大臣や閣僚、それに最高裁判所の長官などからもあいさつを受けられました。
午後からは、日本に駐在する外国の大使からあいさつを受けられることになっています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130101/k10014545071000.htmlより、
天皇陛下 支え合い困難克服を
1月1日 5時23分

天皇陛下は、新年にあたって東日本大震災などに触れ、「皆が被災者に心を寄せつつ、互いに支え合って様々(さまざま)な困難を克服していくよう期待しています」と文書で述べられました。
天皇陛下は、新年にあたって文書で感想を寄せ、東日本大震災について「放射能汚染により、かつて住んでいた地域に戻れない人々や、仮設住宅で厳しい冬を過ごさざるを得ない人々など、年頭に当(あ)たって、被災者のことが、改めて深く案じられます」と述べられました。
そのうえで、「被害の経験を十分にいかした防災教育やまちづくりが行われ、人々の安全な生活が確保される方向に向かうよう願っています」と記されました。
そして、「日本は、大震災の影響等(など)により、現在、厳しい状況に置かれていますが、皆が被災者に心を寄せつつ、互いに支え合って、様々(さまざま)な困難を克服していくよう期待しています」と述べられました。
天皇皇后両陛下は、ことし、54年ぶりに東京で開かれる国体の開会式に出席するほか、全国植樹祭で鳥取県を、全国豊かな海づくり大会で熊本県を訪問されます。
また、去年に続いて京都市を訪れ、精神医学に関する国際会議に出席されます。
皇太子さまは、3月にニューヨークで開かれる水と災害に関する国連の会議に出席して基調講演を行う予定のほか、6月には、日本との交流400周年を迎えたスペインを親善訪問されます。
秋篠宮ご夫妻は、6月ごろ、外国を親善訪問される方向で調整が進められていて、訪問先として中東欧の国々が検討されているということです。
皇居では2日、新年の一般参賀が行われます。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012123101001460.htmlより、
新年迎えられた天皇ご一家 「支え合い困難克服を」
2013年1月1日 05時00分

 天皇ご一家は1日、2013年の新春を迎えられた。天皇陛下は宮内庁を通じて感想を発表。主に東日本大震災に言及し「皆が被災者に心を寄せつつ、互いに支え合ってさまざまな困難を克服していくよう期待しています」と呼び掛けた。
 陛下は、原発事故のため住んでいた地域に戻れない人や、仮設住宅で2度目の厳しい冬を過ごさざるを得ない被災者に対し「あらためて深く案じられます」とつづった。今後は震災の経験を生かした防災教育やまちづくりに期待を示し「人々の安全な生活が確保される方向に向かうよう願っています」とした。
 天皇陛下は今年12月の誕生日で80歳を迎える。(共同)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012122301001319.htmlより、
陛下の79歳祝い一般参賀 「普通に生活、安心を」
2012年12月23日 17時57分

 天皇陛下の79歳の誕生日を祝う行事が23日、皇居で行われた。陛下は午前、宮殿・長和殿のベランダに立ち、一般参賀で集まった人々に「(2月の心臓バイパス手術では)心配を掛けました。現在は普通と変わりなく生活していますので、どうか安心してください」とあいさつされた。
 皇后さまや皇太子、秋篠宮両ご夫妻も一緒にベランダに並んだ。宮内庁によると、3回の参賀と、午後から宮内庁の庁舎前で行われた記帳に計約2万8千人が訪れた。
 陛下はあいさつで、多くの人が東日本大震災の被災地支援に携わったことを「非常に心強いことでした」とし「感謝の気持ちを表します」と述べた。(共同)

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012122300040より、
陛下「どうか安心して」=天皇誕生日の一般参賀-皇居

 天皇陛下の79歳の誕生日を祝う一般参賀が23日、皇居で行われた。宮内庁によると、記帳も含めて2万8065人が訪れた。
 陛下は皇后さまや皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻とともに午前中3回、長和殿のベランダに立たれた。2月に心臓の冠動脈バイパス手術を受けた陛下は、現在の体調について「普通と変わりなく生活していますので、どうか安心してください」と述べた。
 また、「これからも(東日本大震災の)被災者のことを思いつつ、国民皆の幸せを願って過ごしていくつもりです」とあいさつ。日の丸の小旗を振る人々に笑顔で手を振って応えた。
 午前中あった皇族方による祝賀には、7月に心臓手術を受けて療養中の三笠宮さまも参列した。
 陛下は午後、宮殿で皇族方とともに野田佳彦首相らとの祝宴に出席したほか、各国大使らから祝福を受けた。
 夕方からは、この日始まった年末年始の二重橋などのライトアップが行われた。(2012/12/23-17:43)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121223/k10014386531000.htmlより、
天皇誕生日 皇居で一般参賀
12月23日 17時6分

天皇誕生日の23日、皇居では天皇陛下の79歳の誕生日を祝う一般参賀が行われました。
天皇陛下は皇后様や皇太子ご夫妻、そして秋篠宮ご夫妻とともに午前中3回宮殿のベランダに立ち、訪れた人たちに手を振って応えられました。
天皇陛下はおことばの冒頭、ことし2月に受けた心臓の手術について、「多くの人々に心配をかけました。現在は普通と変わりなく生活していますので、どうか安心してください」と話されました。
続いて、昨年同様東日本大震災に触れ、「多くの人々が被災地を訪れるなど、被災者のために力を尽くしてきたことは非常に心強いことでした」と述べ、「きょうここに来られた皆さんの中にも、被災者のためにさまざまに心をつかってきた人々がおられることと思い、ここに感謝の気持ちを表します」と話されました。
そして、「これからも私どもは被災者のことを思いつつ、国民みなの幸せを願って過ごしていくつもりです。きたる年が皆さん一人びとりにとって良い年であるよう祈っています」と述べられました。
午後からは宮殿で、野田総理大臣や衆参両院の議員、それに各界の代表など400人近くが出席して祝宴が開かれました。
このあと、日本に駐在する130余りの国や地域の代表らとの茶会も開かれ、天皇陛下は皇族方とともに、華やかな民族衣装を身につけた大使夫妻などと和やかに歓談されました。
皇居では一般の人たちを対象にした記帳も受け付けられ、23日一日で合わせて2万8000人余りがお祝いに訪れました。

http://www.asahi.com/national/update/1223/TKY201212221032.htmlより、
2012年12月23日5時1分
「被災地の冬、案じられます」天皇陛下の誕生日会見全文

 天皇陛下が79歳の誕生日に際して記者会見に応じた際のやりとりは以下の通り。
 (問1)東日本大震災から約1年9か月がたちましたが、復興への道のりは険しく、ふるさとに帰れない被災者が今も多いのが実情です。一方で、国民を勇気づけるような明るいニュースもありました。皇室では、皇太子ご夫妻の長女・愛子さまがご両親の付き添いなしで小学校に通われるようになり、秋篠宮家ではお子さま方が留学や進学準備を迎えるなど節目の年となりました。この1年を振り返り、社会情勢やご公務、ご家族との交流などで印象に残った出来事をお聞かせください。
 (天皇陛下)今年は2月に心臓の手術を受け、多くの人々に心配をかけました。誕生日にあたり、当時、記帳に訪れてくれた人々をはじめ、今も私の健康を気遣ってくれている多くの人々に対し、感謝の気持ちを伝えたく思います。
 東日本大震災から1年9カ月がたち、被災地に再び厳しい冬がめぐってきています。放射能汚染により、かつて住んでいた所に戻れない人々、雪の積もる仮設住宅で2度目の冬を過ごさなければならない人々など、被災者のことが深く案じられます。震災時の死者・行方不明者数は1万8千人余と報じられましたが、その後、2千人以上の震災関連の死者が生じたため、犠牲者は2万人を超えました。地震や津波を生き抜いた人々が、厳しい生活環境下、医療などが十分に行き届かない状況の中で亡くなったことは、まことにいたわしいことと感じています。
 また被災地の復興には、放射能汚染の除去や、人体に有害な影響を与える石綿が含まれるがれきの撤去など、危険と向き合った作業が行われなければならず、作業に携わる人々の健康が心配です。放射能汚染の除去の様子は福島県の川内村で見ましたが、屋根に上がって汚染を水流で除去するなど、十分に気をつけないと事故が起こりうる作業のように思いました。安全に作業が進められるよう、切に願っています。
 社会の問題として心配されることは、高齢化が進んでいることであります。特に都市から離れた地方では大変深刻な問題になっていると思います。平成23年度の冬季の雪による死者は130人以上に達し、多くが除雪作業中の高齢者でした。
 私自身、近年山道を歩くとき、転びやすくなっていることを感じているので、高齢者が雪国で安全に住めるような状況が作られていくことを切に願っています。若いときには、高齢のため転びやすくなることなど考えてもみませんでした。
 1年を振り返ると、さまざまなことがあった年でした。明るいニュースとしてはロンドン・オリンピック、ロンドン・パラリンピックでの日本選手の活躍が挙げられます。ロンドン・オリンピックで日本が獲得したメダル数はこれまでのオリンピックの中で最多でした。
 またロンドン・パラリンピックでは、車いすテニスの国枝(慎吾)選手がシングルスで北京大会に続いて2連覇を達成するなど、日本の選手はさまざまな分野で活躍しました。金メダルを取ったゴールボールの試合も映像で楽しく見ました。研ぎ澄まされた感覚でボールを防ぐ姿には深い感動を覚えました。脊髄(せきずい)損傷者の治療として英国で始められた身体障害者スポーツが、今日ではすっかりスポーツとして認められるようになったことに感慨を覚えます。
 山中伸弥教授のノーベル医学生理学賞受賞も、まことにうれしいニュースでした。特に再生医療に結びつく大きな成果は、今後多くの人々に幸せをもたらすことになることと期待しています。
 今年は英国女王陛下の即位60周年にあたり、ご招待を受け、私も皇后とともにその行事に出席いたしました。この行事には各国の君主が招待されましたが、戴冠(たいかん)式とこのたびの60周年のお祝いに重ねて出席できたのはベルギーの国王陛下と私の2人で、戴冠式のときは18歳と19歳でした。若くして臨んだ戴冠式でのさまざまな経験が懐かしく思い起こされます。

 (問2)陛下は今年2月、心臓の冠動脈バイパス手術を受けられました。現在のご体調はいかがでしょうか。最初に心臓のご病気をお知りになったとき、手術をお受けになると決められたとき、無事に手術を終えられたときの心境と、今後の体調管理で留意されていることがらについてお聞かせください。退院後も胸に水がたまるなど陛下に治療が続いたときも、ずっと支えられた皇后さまをはじめ、ご家族とのエピソードについてもお聞かせください。
 (天皇陛下)手術の後はその影響があり、テニスをしても走って球を打つという何でもない動作がうまくいきませんでしたが、最近は以前のように球を打てるようになったような気がしています。リハビリテーションというものが実に重要なものだと感じています。農業や漁業で体を動かして仕事をしている高齢者が被災生活で体を動かさなくなったときに体を壊す、という話が実感されました。
 心臓の病気は検査で知りました。手術を受けることを決めたのは、心筋梗塞(こうそく)の危険を指摘されたからでした。時期については東日本大震災1周年追悼式に出席したいという希望をお話しし、それに間に合うように手術を行っていただきました。手術が成功したことを聞いたときは本当にうれしく感じました。執刀された天野(篤)順天堂大学教授をはじめ、この手術に携わった関係者に深く感謝しています。
 体調管理としては筋力を衰えないようにすることが大事だと考え、これまで通り早朝の散歩を続けるほか、できるだけ体を使う運動に努めています。入院中、皇后は毎日病院に見舞いに来てくれ、本当に心強く、慰めになりました。手術後のリハビリテーションの一環として病室の近くの廊下を一緒に歩くときにはいろいろな音楽をかけてくれ、自分も楽しそうに歩いていました。家族のみながそれぞれに心を遣(つか)ってくれていることをうれしく思っています。

 (問3)陛下は心臓手術後も以前と変わらないペースで公務に取り組まれていますが、来年80歳となられるのを機に一層のご負担軽減が必要との指摘があるほか、一定の年齢に達すれば、陛下には国事行為に専念、あるいは国事行為と最小限の公的行為だけなさっていただき、それ以外は皇族方が分担するという考え方を取り入れるべきとの意見も出ています。現行制度のままでは陛下のご活動をお支えする皇族方が減ってしまう現状の下で、今後のご公務に関する皇族方との役割分担についてどのようにお考えでしょうか。
 (天皇陛下)天皇の務めには、日本国憲法によって定められた国事行為のほかに、天皇の象徴という立場から見て公的にかかわることがふさわしいと考えられる象徴的な行為という務めがあると考えられます。毎年出席している全国植樹祭や日本学士院授賞式などがそれにあたります。いずれも昭和天皇は80歳を超しても続けていらっしゃいました。
 負担の軽減は、公的行事の場合、公平の原則を踏まえてしなければならないので、十分に考えてしなくてはいけません。今のところしばらくはこのままでいきたいと考えています。私が病気になったときには、昨年のように皇太子と秋篠宮が代わりを務めてくれますから、その点は何も心配はなく、心強く思っています。

 (関連質問)陛下は皇后さまとともに11月に沖縄県を訪問されました。皇太子ご夫妻の時代から数えると9回目となります。今回8年ぶりに沖縄県に行かれたご感想、また、特に印象に残ったことをお聞かせいただけますでしょうか。
 (天皇陛下)8年ぶりに沖縄県を訪問したわけですけれども、今度行きましたところは、今までに行ったことのないところが含まれています。沖縄科学技術大学院大学ですね、恩納村(おんなそん)には行きましたけれどもそこは行きませんでしたし、万座毛(まんざもう)も初めてでした。それから、久米島がやはり初めてのところです。(国立沖縄)戦没者墓苑は、これは毎回、お参りすることにしています。そのようなわけで、毎回お参りしているところと、新しいところとあって、沖縄に対する理解がさらに深まったというように思っています。
 万座毛というところは歴史的にも、琉歌で歌われたりしていまして、そこを訪問できたことは印象に残ることでした。ことに恩納岳もよく見えましたね。久米島の(沖縄県海洋)深層水研究所も、久米島としては水産上、重要なところではないかと思っています。多くの沖縄の人々に迎えられたことも心に残ることでした。
 沖縄はいろいろな問題で苦労が多いことと察しています。その苦労があるだけに、日本全体の人が皆で沖縄の人々の苦労している面を考えていくということが大事ではないかと思っています。地上戦であれだけ大勢の人々が亡くなったことは、ほかの地域ではないわけです。そのことなども、だんだん時がたつと忘れられていくということが心配されます。やはり、これまでの戦争で沖縄の人々の被った災難というものは、日本人全員で分かち合うということが大切ではないかと思っています。

http://www.asahi.com/national/update/1223/TKY201212221071.htmlより、
2012年12月23日5時13分
天皇陛下のこの一年 〈宮内庁発表全文〉

 宮内庁が発表した「天皇陛下のこの一年のご動静について」の全文は以下の通り。
 天皇陛下には、本日、満79歳のお誕生日をお迎えになりました。
 陛下は、昨年2月に冠動脈造影検査により冠動脈狭窄(きょうさく)が認められたため、その後、薬剤ご内服による治療をお受けになっていましたが、それまでのご生活の維持と更なる向上を目指して、今年2月に東京大学医学部附属(ふぞく)病院に入院され、約4時間に及ぶ冠動脈バイパス手術をお受けになりました。ご手術後もしばらくは胸水が溜(た)まる症状がおありでしたが、リハビリテーションをお続けになる中で少しずつご体調を回復されました。陛下のこの一年は、東日本大震災の被災者やその復興状況に絶えずお心を寄せつつ、ご病気の克服とご体調の回復にお努めになる中で、可能な限りお務めを果たされた一年でありました。
 昨年の東日本大震災から一年を迎えた今年3月、陛下は、ご退院一週間後に開催された東日本大震災一周年追悼式に皇后さまと共にご臨席になりました。また、今年5月に宮城県仙台市で開催された日本学術会議共催による国際会議の開会式に臨席された折に同市の応急仮設住宅を訪問されたほか、7月には東日本大震災の翌日に発生した長野県北部地震により甚大な被害を受けた長野県栄村を訪問されました。さらに、10月には福島県川内村と田村市を訪問され、川内村で放射能除染作業をご視察になったほか、皇后さまと共にそれぞれの地の被災者を見舞われ、支援者をお労(ねぎら)いになりました。その前後に関係者から6回にわたり復興状況、支援活動や放射能除染活動状況等についての説明をお聴きになりましたが、東日本大震災に関してご説明をお受けになった回数は通算で39回となりました。
 陛下は、ご手術によるご入院のため2月17日から4月10日までの間、皇太子殿下に国事行為を委任されましたが、この期間を除くほぼ毎週2回、国事行為として、内閣から上奏のあった725件の書類にご署名やご押印をされました。また、儀式や行事として、国務大臣始め101名の認証官任命式、新任外国大使34名の信任状捧呈(ほうてい)式、勲章親授式(大綬章、文化勲章)及び勲章受章者の拝謁(はいえつ)などに臨まれました。授賞式や記念式典には18回ご臨席になりました。御所や宮殿では文化勲章受章者及び文化功労者、日本学士院会員、日本芸術院会員、新認定重要無形文化財保持者、青年海外協力隊帰国隊員の代表、シニア海外ボランティア及び日系社会(青年・シニア)ボランティアの代表、国際交流基金賞受賞者、ロンドンオリンピック及び同パラリンピック入賞選手等にお会いになり、その労をねぎらい励まされました。その回数は28回を数えました。各省庁の事務次官、日本銀行総裁、外務省総合外交政策局長等からのご進講は12回お受けになりました。このほか、行幸啓や行事に関するご説明は36回に及び、新嘗祭(にいなめさい)の献穀者や勤労奉仕団として皇居に来られた方々には55回お会いになりました。
 外国との関係については、両陛下は5月16日から20日まで英国を訪問され、女王陛下ご即位60周年記念午餐会(ごさんかい)並びにチャールズ皇太子殿下及びコーンウォール公爵夫人主催の晩餐会(ばんさんかい)に出席されました。現地では、東日本大震災支援に携わった英国の日本関係者を招いてお会いになり、協力への感謝をお伝えになりました。国賓の接遇としては、今年3月にクウェート国首長殿下とご会見(ご退院後間がなかったことから、歓迎行事と宮中晩餐は皇太子殿下が御名代としてお務めになりました)になったほか、10月にはマレーシア国国王陛下及び王妃陛下のご来日を歓迎され、ご会見、宮中晩餐を催されました。また、バーレーン国国王陛下、ペルー国及びスロバキア国の大統領閣下及び同令夫人を公式実務訪問賓客としてお迎えしてご会見、午餐を催されました。パラグアイ国大統領閣下、アルメニア国大統領閣下、アフガニスタン国大統領閣下、ザンビア国大統領閣下及び同令夫人、リベリア国大統領閣下、パナマ国大統領閣下及び同令夫人、ハイチ国大統領閣下及び同令夫人とご会見になったほか、マレーシア国上院議長夫妻、英国首相、ロシア国モスクワ・全ルーシ総主教、ノルウェー国首相夫妻、ベトナム国国会議長をご引見になりました。さらに、シンガポール国前首相府内閣顧問、スウェーデン国国王陛下及び王妃陛下、ベルギー国皇太子同妃両殿下を御所でのご夕餐に、リヒテンシュタイン国皇太子殿下、ダニエル・イノウエ米国連邦議会上院仮議長夫妻、スペインのサラマンカ大学学長を御所でのお茶に、第4回日本・メコン地域諸国首脳会議に出席する各国首脳等5名、第6回太平洋・島サミット首脳会議に出席する各国首脳夫妻等23名を宮殿での茶会にお招きになりました。
 在京の外交団との関係では、この一年間に着任後間もない32か国の大使夫妻をお茶に、着任後3年経過した20か国の大使夫妻を午餐にお招きになり、離任する13か国の大使夫妻にご引見を賜りました。日本から赴任する50か国の大使夫妻にも出発前にお会いになり、帰国した63か国の大使夫妻をお茶に招いて任地の話をお聴きになりました。
 この一年の両陛下の公的な地方行幸啓は、9府県(宮城県、山口県、長野県、新潟県、岐阜県、山梨県、福島県、沖縄県、京都府)15市、2町、3村に及び、岐阜県には2回お出ましになりました。前述した東日本大震災関連の行幸啓以外では、全国植樹祭(山口県)、国民体育大会(岐阜県)及び全国豊かな海づくり大会(沖縄県)へのご臨席、恩賜(おんし)林「武田の杜(もり)保健休養林」ご視察(山梨県)、明治天皇百年式年に当たり明治天皇陵及び昭憲皇太后陵ご参拝(京都府)にお出ましになり、その折に併せて地方事情を視察されました。このうち、8年ぶり9回目のご訪問となった沖縄県では、ご到着の日に沖縄平和祈念堂で拝礼された後、同所で、ひめゆり学徒隊と同じく看護要員として活躍し犠牲となった沖縄県立第二高等女学校学徒隊を慰霊する白梅之塔の関係者と懇談され、慰霊の花束を託されました。国立沖縄戦没者墓苑では供花、拝礼された後、ご遺族始め関係者を労われました。両陛下は、沖縄県を訪問されたときは毎回必ず行幸啓の初日に戦争犠牲者の慰霊施設(沖縄平和祈念堂及び国立沖縄戦没者墓苑は、最初2回のご訪問時には建立されていませんでした)をお訪ねになっています。今回の行幸啓では初めて久米島まで足を伸ばされました。山梨県への行幸啓は、当初は昨年11月に予定されましたが、御不例のため恩賜林御下賜(かし)100周年記念大会には皇太子殿下を差し遣わされ、今年10月に改めて恩賜林「武田の杜保健休養林」をご視察になりました。また、岐阜県については、9月末の国民体育大会への行幸啓の折に非常に強い台風17号が接近し、関係者がその備えに専念できるようにとの両陛下のお考えから、やむなく大垣市ご訪問のご日程をお取りやめになりましたが、12月の京都府行幸啓のお還(かえ)りにお立ち寄りになりました。
 都内及び近郊への公的なお出ましは41回を数えましたが、国会開会式、全国戦没者追悼式、恒例となっている日本国際賞、日本芸術院賞、日本学士院賞等の授賞式や各種周年記念式典等へのご臨席のほか、国際幹細胞学会10周年記念セレモニーへのご臨席(神奈川県)、企業や敬老の日にちなむ施設へのご訪問(埼玉県)などでありました。
 御用邸へは、皇后さまとおそろいで葉山御用邸に3回、那須御用邸に1回お出ましになりました。那須町では例年どおり農家を訪問されたほか、陛下のお考えを踏まえてご即位20年の機会に宮内庁から環境省に移管された御用邸用地の利用状況等をご視察になるため、昨年の「那須平成の森」フィールドセンターへのお立ち寄りに続き、今年は那須高原ビジターセンターをご覧になりました。8月下旬は、軽井沢、草津でお過ごしになりました。
 宮中祭祀(さいし)については、明治天皇百年式年祭など17回の祭典にお出ましになりました。天長祭の儀、大正天皇例祭の儀、歳旦祭の儀、祈年祭の儀、春季皇霊祭の儀・春季神殿祭の儀、神武天皇祭の儀はご不例によりご欠席になり、掌典長及び掌典次長によるご代拝となりました。また、今年の新嘗祭は、「夕(よい)の儀」、「暁(あかつき)の儀」ともにお出ましの時間を短縮され、儀式の半ばより出御されました。
 今年6月6日に寛仁親王殿下が薨去(こうきょ)され、両陛下はお悲しみのうちに5日間の喪を服され、ご遺族と悲しみを共にされました。薨去の直後4回にわたり寛仁親王邸を訪問されたほか、斂葬(れんそう)の儀及び百日祭の儀の後に拝礼のため豊島岡墓地に行幸啓になりました。また、(高円宮(たかまどのみや))憲仁親王十年式年に当たり、高円宮御墓所を参拝されました。
 ご研究については、陛下は「日本産魚類検索―全種の同定」の第一版(平成5年)からハゼ類の項目に関わってこられましたが、今年も昨年同様に第三版の改訂作業が行われており、皇居内の生物学研究所で編集者である京都大学教授及び生物学研究所の職員らを交えてハゼの分類に関するご検討を行っているほか、御所では顕微鏡による観察研究をされています。国立科学博物館本館で開催された魚類分類研究会には2回ご出席になりました。
 また、平成20年に国立科学博物館研究報告として論文「皇居におけるタヌキの食性とその季節変動」を共同執筆されましたが、その後も皇居に棲息(せいそく)するタヌキの食性についてのご研究を継続されています。
 陛下は今年も例年どおり、皇居内生物学研究所の田で種籾(たねもみ)のお手まき、お田植えをなさり、お手刈りをなさいました。また、陸稲と粟(あわ)をお子様及びお孫様方とご一緒に種をまかれ、刈り取られました。粟は新嘗祭の折にお手刈りになった水稲とともにその一部をお供えになりました。また、神嘗祭に際しては、お手植えになった根付きの稲を神宮にお供えになりました。
 陛下は、今年2月17日に東京大学医学部附属病院に入院され、翌日18日に冠動脈バイパス手術をお受けになりました。ご手術は予定どおりに進み、術中の出血もほとんどなく、術後の麻酔からのお目覚めも順調でした。ご手術後は胸水が溜まるなどのご症状がおありでしたが、3月4日にご退院になりました。皇后さまは、陛下のご入院中は病院にほぼ隔日お泊まりになりながら、毎日病院に通われて陛下にお付き添いになりました。陛下のお見舞いのために皇居等に記帳に訪れた人は約10万人に上りました。陛下からは、手術の成功を願ってくれた多くの人々に感謝の気持ちを伝えるようにとのご指示がありました。
 ご退院後しばらくの間はご回復が思うように進まず、3月に2度にわたり穿刺(せんし)による胸水の排液が行われました。ご運動を通じてのリハビリテーションにより少しずつご体調を回復され、10月中旬には胸水の量はごく僅(わず)かに認められる程度に減りました。陛下は、皇后さまとご一緒に毎朝のご散策と定期的なご運動を続けられていますが、夏前頃からは短時間ながらテニスを再開されました。陛下のご運動は、術後のリハビリテーションのために、また、前立腺がんの再発予防としてのホルモン療法による副作用を防止するためにとても大事なことになっています。
 陛下は、来年、満80歳の傘寿を迎えられます。
 お時間がおありのときは、魚類等の研究をなされるほか、読書をされたり、チェロを弾かれたりしています。いつまでもお元気でお過ごしいただくためには、ご健康面で細心のお支えをするとともに、お年にふさわしいお過ごしをしていただけるよう配慮していくことが大切になっています。
 12月23日のお誕生日当日は、午前中は御所で侍従職職員から祝賀をお受けになった後、宮殿で皇族方を始め宮内庁職員等による祝賀を5回にわたりお受けになります。また、この間に3回にわたり長和殿ベランダに立たれて国民の参賀にお応えになります。午後からは内閣総理大臣、参議院議長、最高裁判所長官の祝賀をお受けになった後、皇族方もお加わりになって、三権の長、閣僚、各界の代表等との祝宴に臨まれます。その後、外交団を招かれての茶会、元側近奉仕者等との茶会、次いでご進講者等との茶会に臨まれます。夕刻には敬宮さま始め未成年の内親王、親王殿下方のご挨拶(あいさつ)をお受けになり、夜にはお子様方ご夫妻とお祝御膳を囲まれます。