時代の風:岩手・大槌の観音さま 西水美恵子氏

http://mainichi.jp/opinion/news/20130317ddm002070106000c.htmlより、
時代の風:岩手・大槌の観音さま=元世界銀行副総裁・西水美恵子
毎日新聞 2013年03月17日 東京朝刊

 ◇支援の受益者が主人公
 特定非営利活動法人テラ・ルネッサンスが、国際交流基金・地球市民賞を受賞した。この賞の対象は、日本各地の特性を生かす国際交流活動。斬新かつ先導的で、国内はもとより、世界に発信する価値があるとみなされる活動が、表彰される。

 朗報に、東日本大震災以来「大槌の観音さま」と呼ぶ方たちを思い、手を合わせた。

 テラ・ルネッサンスは、2001年、カンボジア旅行で悲惨な地雷被害に衝撃を受けた鬼丸昌也氏(当時大学生)が、帰国後間もなく設立した。カンボジアでの地雷除去支援はもちろんのこと、地雷埋設地域の村落開発や、義肢装具士育成などの支援と共に、ウガンダとコンゴ民主共和国で元子供兵の健全な社会復帰を可能にする活動も、支援してきた。日本では、甚大な津波被害をこうむった岩手県大槌町で、「大槌復興刺し子プロジェクト」を運営している。

 震災当日、鬼丸氏は、支援に入るか否か「正直、悩んだ」と言う。むろん海外活動規模の縮小は選択外。緊急時の支援どころか、日本国内での支援さえしたことがない。資源も経験も足りない小さな団体に、何ができるのか……。

 組織の存続そのものを危うくしかねない決断の時、ウガンダの事務所から電話が入った。残酷な過去を葬り社会に復帰した元子供兵らが、「自分たちを支えてくれた優しい日本人のために、今、何ができるのか」と話し合い、募金をしたとのこと。寄付金は約5万円。なんと、ウガンダ国家公務員の平均給与7カ月分に相当する大金だった。

 送金のうち合わせをすませた現地職員が、電話を切る前に問いかけた。「で、あなた方は何をするの?」。テラ・ルネッサンスの選択技が「すべきか、否か」から「何をどうすべきか」に、一変した。

 大槌復興刺し子プロジェクトは、東北各地に根付く伝統工芸「刺し子」製品の企画と、制作、販売の事業化に取り組む。震災直後、ボランティアとして大槌に入った若者が、働く場を失った避難所の女性たちに「何か夢中になれる」機会をと考えたのが、出発点。数人の刺し子さんと細々と始めたプロジェクトは、今では約130人もの女性が働き、生きがいを見つけ、仲間とのきずなに癒やされ、生活の再建に挑むまでになった。刺し子の収入を元手に店を開く女性など、地域の雇用機会にも良い影響を与え始めている。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130317ddm002070106000c2.htmlより、
 内外に増え続ける顧客と共に、多くの人から寄せられる善意が、ここまでの成長を支えてきた。中でも知識支援は、事業の持続性に大きな違いをもたらしている。大槌町のシンボルかもめをあしらう某デザイナーの企画品は、刺し子の伝統を重んじつつも一線を引き、大槌刺し子のブランド化に貢献している。岐阜県高山市の老舗「飛騨さしこ」が提供する技術指導は、刺し子職人が驚くほどの技を大槌に移植。復興事業から工芸ビジネスへと脱皮する基礎を敷きつつある。

 このように戦略的な知識支援の数々は、大槌刺し子がただの復興事業ではないことを物語っている。目ざすは、地域の住民が自分たちの力で地域の課題を解決する動力となる、コミュニティー・ビジネス。テラ・ルネッサンスは、大震災から10年以内に、大槌刺し子の現地法人化を果たすと宣言している。地域のことはその地域の人々によって意思決定・運営されるのが望ましいと、知るからだ。

 ここに、テラ・ルネッサンスの事業が光る訳がある。鬼丸氏の言葉を借りれば、「支援の受益者が主人公」という主張。カンボジアでも、ウガンダとコンゴでも、大槌町でも、関わる支援事業全てに貫かれている理念だ。

 世界銀行も、この理念こそ支援の効率と持続性の分水嶺(ぶんすいれい)だと学んだ。昨今目立ってきた復興行政の遅れや諸々(もろもろ)の過ちが示すように、支援側が「主人公」になると、取り返しのつかない失敗が起きやすい。受益者のオーナーシップとリーダーシップは、支援の奥義だと言っても過言ではない。戦火や自然災害からの復興、村おこしや町づくり、ひいては国家経済の発展にさえも共通する奥義である。

 私事、格別信心深い人間ではないが、世銀で担当していた国々で、その奥義を極める現場に出合うと、観世音菩薩の姿が脳裏に浮かぶようになった。衆生の苦悩に応じて姿を変え、大慈悲を行ずると信じられる変化観音。そのお姿が、草の根の声を深く聴き、自助自立の道へと手を差し伸べる謙虚な支援の在り方に、重なったのだろう。

 2年前、三陸沿岸の大被害を目のあたりにして絶望感に打ちのめされていた時、その観音さまに救われた。想像を絶する苦難を乗り越え、一針、一針、前進する大槌の刺し子さんたち。そこに寄り添うように働くテラ・ルネッサンスの職員たち。皆の明るい笑顔に「これこそ誠の人助け」とほほ笑む観音さまが映った。

 官民共に復興に関わる全ての人々かくあれと、願ってやまない今日このごろである。=毎週日曜日に掲載

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