はだしのゲン 閲覧制限「撤回は妥当だ」

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit2より、
朝日新聞 社説 2013年 8月 30 日(金)付
はだしのゲン―図書で知る戦争と平和

 小・中学校に対し、漫画「はだしのゲン」を図書館で自由に読めなくするよう求めていた松江市教委が、措置を撤回した。
 事務局が教育委員に相談しないまま決めていたことから、5人の委員全員が「手続きに不備があった」と判断した。
 閲覧規制を白紙に戻したのは良識的な結論と言える。ただ、理由が手続きの問題にとどまっているのは残念だ。
 ことの発端は昨年8月。旧日本軍の戦場での行為や昭和天皇の戦争責任に関して「ゲン」の歴史認識に誤りがあり、学校図書館から撤去してほしいとの陳情があった。市議会は不採択にし、市教委もそのときは撤去に応じない方針を示した。
 閲覧制限を支持する人たちの間では、陳情と同じように、反天皇制的だなどと、漫画の歴史認識を問題視する声が目立つ。
 だが、ゲンの真骨頂は作者の中沢啓治さんが実体験した原爆の悲惨さを見事に伝えている点にある。だからこそ、国内外で読み継がれてきた。その作品を、歴史観の相違を訴える人がいるからと、子どもたちの前から「排除」しようとする主張は、あまりに視野が狭い。
 全編に作者の強烈な思いがこもるゆえに、人を引きつける作品は多い。一部分が気に入らないからと全体を否定するのは、図書に対する理解不足だ。
 撤去に応じなかった当初の市教委の姿勢は正しかった。ほかの教育委員会も今後、手続き論でなく、規制の要請をきっぱりと突っぱねるべきである。
 問題は、いったん要請をはねつけた後の市教委事務局の対応だ。当時の教育長ら幹部5人がゲンを読み直した結果、旧軍のアジアでの行為を描いた最終巻のシーンが「残酷」との見方で一致し、閲覧制限を小・中学校に求めることにした。
 発達段階にあるからこそ、子どもたちが本を自由に読む機会も、最大限に保障されなければならない。市教委事務局の対応には、その点への目配りがあまりに欠けていた。
 戦争は残酷だ。そこを正面から問う本を、教育にどう生かしていくか。知恵と工夫を重ねる必要があるが、戦争を知らぬ世代に残酷さから目を背けさせるばかりでは、平和の尊さを学びとれない。
 もとより、本を読むかどうかは子ども自身の選択が大切である。そこを基本に、読むことを選んだ子たちが抱いた疑問や衝撃にはしっかり応えていく。
 そうした図書との上手なつきあい方を、教育現場や家庭で広めていきたい。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/130828/edc13082803480001-n1.htmより、
産経新聞【主張】はだしのゲン 教育的配慮も無視できぬ
2013.8.28 03:47 (1/2ページ)

 松江市教育委員会が、小中学校に求めていた漫画「はだしのゲン」の閲覧制限を、手続き上の不備を理由に撤回した。
 だが、閲覧権は大人と子供では同等ではない。大人は自由に読むことができても、子供には読ませたくない図書もある。年齢などに応じた適切な配慮が必要である。
 一般に公立図書館などで、特定の図書を正当な理由なしに本棚から撤去したり、廃棄したりすることは、言論・表現の自由に反し、許されない。しかし、学校の図書館では、そうした一般論は必ずしも当てはまらない。
 「はだしのゲン」は、原爆投下後の広島で生きる少年を描いた作品だが、一部に旧日本兵が首を刀で切り落としたり、女性を乱暴して殺したりする残酷な場面が出てくる。米国の原爆投下は日本が戦争を起こしたことの報いだとする「原爆容認論」が、子供たちの心にすり込まれる恐れもある。
 昨年暮れ、市教委がこの場面を子供たちに見せるのは教育上、好ましくないとして、市内の各学校に閲覧制限を要請した判断は、十分に理解できる。しかも、この漫画の廃棄ではなく、本棚から書庫に移す措置で、学校の許可があれば子供は読むことができた。
 下村博文文部科学相は閲覧制限撤回について「文科省が指導することではない」と述べつつ、「子供の知る権利そのものを否定したわけではなく、発達段階における配慮は一つの考え方だ」と当初の市教委の判断にも理解を示した。これに対し、一部識者は市教委が子供の権利を奪ったかのように主張したが、的外れな批判だ。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/130828/edc13082803480001-n2.htmより、
2013.8.28 03:47 (2/2ページ)
 「はだしのゲン」は従来、一部地域で特定の政治的主張を持つ教師集団の「平和学習」に使われてきた。今回の閲覧制限撤回で、より多くの子供たちがこの漫画を必読の書として無理に読まされるのではないかと心配である。
 民主国家において、図書を自由に閲覧する権利は十分、保障されなければならない。平成13年、千葉県船橋市西図書館の職員が、扶桑社教科書の執筆者らの著書を大量に廃棄したような行為は、絶対に許されない。
 松江市教委の決定は、子供の権利を踏みにじったとする一部の批判に押されてのものだが、それだけで割り切れる問題ではない。校長や教委は先生らが使う副教材にも気を配ってほしい。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130828k0000m070126000c.htmlより、
社説:閲覧制限撤回 この作品を読み継ごう
毎日新聞 2013年08月28日 02時32分

 ゲンはよく歌う少年だ。俗謡のような数え歌もあれば、「青い山脈」のような流行歌もある。歌いながら、苦しみを乗り越え、喜びを表現する。松江の子供たちはまた、彼に学校図書館で会えることになった。
 松江市教育委員会が漫画「はだしのゲン」の閲覧制限を全小中学校に要請していた問題で、市教育委員5人が臨時会議を開き、制限の撤回を決めた。市教委事務局が教育委員らの審議を経ずに閲覧制限したことを「手続きの不備」とした。閲覧は今後、各学校の判断に任せられる。
 しっかりとした議論をせずに事務局がこの作品を子供たちの自由な閲覧から取り上げたことは問題で、撤回は妥当だ。教育委員たちが規制を許さない防波堤になったと評価できる。ただ、閲覧を制限することの可否には触れられておらず、さらに議論を深めてほしい。
 今回の事件で改めて「はだしのゲン」に注目が集まっている。単行本で全10巻の大河作品だ。
 物語は先の大戦末期にあたる1945年4月の広島市の情景から始まる。小学校2年のゲンを中心に、戦時中の圧政が前奏曲になり、やがて原爆の投下、その後の地獄図、敗戦後の混乱と貧窮、進駐してきた米兵の横暴、朝鮮戦争など、庶民の歴史がたどられていく。ゲンがたくましく生き続け、中学を卒業し、看板屋で働いた後、志を抱いて東京へ向かうまでを描いている。
 被爆した直後の広島の姿が繰り返し登場する。熱線で全身の皮膚がただれ、ぼうぜんとして街をさまよう人々。山と積まれた白骨。水を求めて亡くなっていった男女。
 でも、それだけではない。敗戦後の多様な人間ドラマがつづられる。仕方なしにヤクザに身を落とす少年。食べるために米兵の愛人になる女性。ケロイドを理由に差別したりされたりする人々。極限状況の中で、人間のエゴイズムも暴かれる。
 現世への心残りからか、死後に棺おけから出てくる被爆者もいる。戦時中は戦争を賛美し、それを隠して戦後は「平和と民主主義」をうたう者にも容赦がない。やりきれないのは、生活や思いを知り、共感した登場人物たちが、原爆症のために次々と、突然に血を吐いて死んでいくことだ。核兵器の罪深さを実感させる。
 作者の中沢啓治さんは戦後、手塚治虫の漫画を読んで勇気づけられたという。「はだしのゲン」には一貫して、困難な中でも前を向いて生きる生命への賛歌と、人間とはどういう存在なのかという問いかけが流れている。この二つの特質は、手塚作品とも共通点があるのではないか。
 この漫画を読み継ぎ、人間と社会について考えるきっかけにしたい。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013082601001724.htmlより、
はだしのゲン閲覧制限撤回 松江市教委「手続き不備」
2013年8月26日 21時42分

 松江市教育委員会が市立小中学校に漫画「はだしのゲン」の閲覧制限を求めた問題で、市教委は26日、教育委員の臨時会議を開き、制限の要請には「手続きに不備がある」として、撤回することを決めた。
 今月16日に問題が表面化した後、市教委には「戦争の悲惨さを学ぶ機会が失われる」「知る自由の侵害だ」といった批判が相次いだ。教育委員に諮らずに事務局が要請した経緯にも疑問の声が上がり、市教委は方針の転換に追い込まれた。
 この日の会議には教育委員5人全員が出席。作品の学校での扱いについて「(制限を要請した)昨年12月17日前の状態に戻すことが妥当である」と全会一致で決めた。(共同)

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013082600556より、
閲覧制限を撤回=「手続きに問題」と判断-はだしのゲン、松江市教委

 松江市教育委員会が広島の原爆被害を描いた漫画「はだしのゲン」の閲覧制限を市内の小中学校に要請していた問題で、市教委は26日、教育委員5人による会議を開き、要請の撤回が妥当との結論を出した。清水伸夫教育長は同日中にメールなどで各校に撤回を連絡。今後の取り扱いは「学校の自主性を尊重する」として、各校に判断を委ねた。
 清水教育長を含む委員5人は、閲覧制限が教育委員の会議や校長会で議論されないまま、当時の教育長と事務方の判断で要請に至ったと指摘。「手続きに不備があり、昨年12月の要請前の状態に戻すことが妥当」と判断した。
 26日の会議は公開で行われ、委員からは「一部の人で協議して閉架措置を要請したのは問題」「要請を市教委の方針や指示と受け止めた校長が多い。強制と取られてもしょうがない」などの意見が相次いだ。
 首を切る場面など問題とされた描写については「残虐な表現は事実だが、一律に見せないのは問題」「時代背景の意味を考えて教育すれば、大きな問題はない」などの意見が多数を占めた。一方で「後半部分は過激なものがある。何らかの制限を加えてもいい」と指摘する委員もいた。
 清水教育長らは終了後に記者会見し、「結果として事態が混乱したことは大変申し訳ない。白紙の状態に戻し、学校や保護者と今後について協議していきたい」と述べた。(2013/08/26-20:40)

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013082600691より、
「ずっと子どもに読んでほしい」=はだしのゲン、作者の妻-広島

 漫画「はだしのゲン」の閲覧制限を松江市教育委員会が撤回したことについて、昨年12月に亡くなった作者中沢啓治さんの妻ミサヨさん(70)=広島市中区=は26日、「ゲンは戦争や原爆の悲惨さを伝えるため主人が描いた漫画。ずっと子どもたちに読んでもらいたい」と話した。
 ミサヨさんはゲンの連載中、背景のペン入れを手伝うなど中沢さんと一緒に作品をつくった。閲覧制限について「(連載開始から)40年間読み継がれてきたが、問題となったシーンで苦情が来たことは一回もなかった。初めてのことで驚いた」と明かし、「先生が閲覧を制限するのは違うと思う」と語った。
 撤回を受け、ミサヨさんは「安心した。原爆や戦争の悲惨さをゲンほど分かりやすく表現している作品はない。学校にも活用してほしい」と訴え、「問題となったシーンは、主人が戦争の怖さを伝えるため描いた。子どもたちが自由に読んで、世界平和のために何ができるか考えてもらいたい」と力を込めた。(2013/08/26-18:51)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130826/k10014043101000.htmlより、
「ゲン」閲覧制限要請 松江市教委が撤回へ
8月26日 17時2分

漫画「はだしのゲン」の一部に過激な表現があるとして、松江市教育委員会が、小中学校の図書室で自由に読むことができない措置をとるよう学校側に要請していた問題で、松江市教育委員会は、26日開いた臨時会議で、「要請が事務局だけで決定されるなど手続きに不備がある」として、要請を撤回するのが妥当だとする結論をまとめました。
この問題は、中沢啓治さんの漫画、「はだしのゲン」について、松江市教育委員会の前の教育長が、「一部に過激な描写がある」として、去年12月に開かれた小・中学校の校長会で、子どもが図書室などで、自由に読むことができない「閉架」の措置をとるよう要請していたものです。
この要請は、市教育委員会の事務局だけで決定されていたことなどから、大学の名誉教授など5人で構成する教育委員会は、26日、臨時の会議を開き、対応を協議しました。
この中では、要請が事務局だけで決定され、教育委員に報告されていなかったことは、「慎重さに欠けていた」と委員全員から指摘されました。
また、「閲覧の制限を行うかどうかは、それぞれの学校が決めるべきだ」という意見が出されました。
そのうえで、会議では「要請が事務局だけで決定されるなど手続きに不備がある」として、要請を撤回するのが妥当だとする結論をまとめました。
また、今後の取り扱いについては「各学校の自主性を尊重する」としています。
教育委員会会議のあと、記者会見した松江市の清水伸夫教育長は、「今回の件で、混乱を生じさせたことを改めておわびします」と述べました。
そのうえで清水教育長は、「学校の自主性を尊重するという結論に至ったので、今後は、児童や保護者にどう説明するかを、学校としっかりと協議していきたい」と述べました。
また、松江市教育委員会の内藤富夫委員長は、「手続きには不備があったが、当時の担当者が十分に考えて行った措置であったので、間違っていないと思う」と述べたうえで、「今後、学校の対応について、しっかりと見守っていきたい」と話していました。
漫画「はだしのゲン」の作者、中沢啓治さんの妻のミサヨさん(70)は、「松江市教育委員会の要請が撤回されて、本当によかったです。夫は『ゲン』を通して、戦争や原爆のことを知ってほしいと、子どもたちにも分かるように、絵やストーリーを考えて作品を描きました。これからも、子どもたちに自由に手にとって読んでもらいたい」と話していました。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013082390135946.htmlより、
「はだしのゲン」の衝撃 米少女を漫画家に
2013年8月23日 13時59分

 漫画「はだしのゲン」を小学生時代に読み、原爆のすさまじさに衝撃を受けた体験を米国の女性漫画家が描いた短編作品が和訳され、インターネット上で紹介されて話題になっている。作者がモデルの主人公は心を揺さぶられ、漫画家を志すきっかけになった。和訳したのは、小中学校にはだしのゲンの閲覧制限を求めた松江市教委の対応に疑問を感じた日本人編集者。二人の「合作」がこの問題に警鐘を鳴らしている。(上野実輝彦)
 作者はニューヨーク在住のレイナ・テルゲマイヤーさん(36)。作品は二〇〇二年に発表し、自身のホームページで公開している「Beginnings(きっかけ)」。父に勧められ、英訳版のはだしのゲンを読んだ体験を描いた。原爆の脅威に直面し、少女の心の揺れを表現。動揺する娘に母がかけた言葉が人生の道しるべになったことや、漫画の持つ力にひきつけられた心情もにじませている。
 テルゲマイヤーさんは本紙の取材に、小学生でゲンに触れた意義を「幅広い問題意識を持ち、周囲にもっと目を向けられるようになった。ショッキングな表現もあるが、読んで良かった」と強調。松江市教委が暴力的な描写を閲覧制限の理由にしたことに「現代の子どもはゲームなどで、もっと暴力的な表現に触れている。(閲覧制限より)現実の暴力が引き起こす問題を理解させる方が重要だ」と疑問を投げかけた。
 和訳した東京都のフリー編集者の男性(45)は「子どもが本と出会う機会を失わせたのに、重大な行為をしている自覚がない松江市教委が腹立たしい」と思い、ゲンに関する情報を集め始めて作品を見つけた。
 「多くの人の目に留めたい」と、本人に和訳して公開したいと連絡したところ、快諾を得て自身のブログに最近掲載した。
 男性は「原爆の背景を知らない米国の少女が、素直な気持ちでゲンを読んで感じたことを知ってもらえれば」と語る。
 男性のブログのアドレスはhttp://lafs.hatenablog.com/
 ブログ名の一部である「編集といえば出版編集」でキーワード検索しても見つかる。

 <レイナ・テルゲマイヤー> 1977年、米国サンフランシスコ生まれ。9歳ごろから漫画を描き始め、99年にニューヨークの美術専門学校に入学。2000年からインターネット上で短編作品の発表を始める。小学生の時、歯のけがが原因でいじめを受けた経験を描いた「Smile」(10年)が、米国で最も権威ある漫画賞とされる「アイズナー賞」で部門別の最優秀賞を受賞。好きな漫画家の1人に「はだしのゲン」作者の中沢啓治氏を挙げている。

◆漫画のあらすじ
 9歳の時、父に「読むといいよ」と言われ、はだしのゲンを渡された。「日本に原爆が落ちたと聞いても、ピンとこなかった」が、読んでいくうちに感情移入。広島への原爆投下の場面まで進むと、自国の米国による攻撃で多くの人が死んだことに混乱し、泣きながら両親に「何で米国が日本に?」「私もそんな目に遭う?」「二度と起きちゃダメ」とまくしたてた。「もう人生めちゃめちゃ」と嘆く娘に、母は成長を感じたのか、優しく「逆に、あなたの人生が始まったのね」と背中を押した。主人公は母の言葉の意味を理解できなかったが、それからの人生で「いっぱい考えさせられた」と回想している。
(東京新聞)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130822/k10013959441000.htmlより、
はだしのゲン ほとんどの小中学校で閲覧不可
8月22日 18時55分

漫画「はだしのゲン」の一部に過激な描写があるとして、松江市教育委員会が小・中学校で自由に読むことができない措置をとるよう学校側に要請していた問題で、市内のほとんどの小中学校で要請を受けて、閲覧できない措置をとっていたことが分かりました。
教育委員会では、今後の対応を検討することにしています。
漫画「はだしのゲン」は、去年12月に亡くなった被爆者で漫画家の中沢啓治さんが、原爆の被害をうけた広島で力強く生きていく少年の姿を描いた作品です。
この漫画について、松江市教育委員会の前の教育長が去年12月に開いた小・中学校の校長会で、「漫画の中に一部に過激な描写がある」ことを理由に、すべての学校に対し、子どもが図書室などで自由に読むことができない「閉架」の措置をとるよう要請したものです。
この問題について、22日、松江市教育委員会の会議が開かれ、清水伸夫教育長は、要請は前の教育長が独自に判断して行ったとした上で、「教育長が独自に学校に要請したことは適切ではなく教育委員の意見をまとめるべきだった」と謝罪しました。
このあと、問題の発覚後、教育委員会が市内49の小・中学校に行ったアンケートの結果が公表され、蔵書がない6校を除く、43校のうち、自由に閲覧できるのは1校で、要請を受けて閲覧できない措置をとったのが41校、以前から閲覧できない措置をとっていたのが1校だったということです。
こうした要請について、出席した委員からは、「要請の拘束力はどの程度あったのか」という質問が出て、担当者は「校長にとってとらえ方はさまざまだったと思うが、拘束力はないと考えていた」と答えていました。
また、アンケートでは24校が「閉架」の必要性がない、もしくは「閉架」を再検討すべきと回答したということです。
きょうの会議では、「はだしのゲン」の取り扱いについての結論は出ず、松江市教育委員会では、今月26日に臨時の会議を開いて、改めて今後の対応を検討したいとしています。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013082102000169.htmlより、
東京新聞【社説】はだしのゲン 彼に平和を教わった
2013年8月21日

 原爆の焦土をたくましく生き抜く少年を描いた漫画「はだしのゲン」。世界中の子どもたちが彼に平和を学んでいる。それを図書館で自由に読めないようにした大人。ちょっと情けなくないか。
 「はだしのゲン」は、英語、ロシア語、クロアチア語など世界約二十カ国語に翻訳されている。
 書物を出すのに政府の許可が必要なイランでも、ことし五月にペルシャ語訳が出版された。
 原爆を投下した米国でも、全米約三千の図書館に所蔵され、韓国では全十巻三万セットを売り上げるベストセラーになっている。
 一九七三年に連載がスタートし、八五年に完結した。誕生から、ことし四十年になる。
 「はだしのゲン」は、漫画やアニメが日本文化の代表として、世界でもてはやされる以前から学級文庫に並んでいた。
 今月五日、広島原爆忌の前夜には、市民グループの手によって、原爆ドームの足元を流れる元安川の川面に、作者の中沢啓治さんとゲンの姿が映し出された。
 なぜゲンが選ばれ、読み継がれているのだろうか。
 単行本一巻目の表紙には、青麦を握り締めてほほ笑むゲンの横顔が描かれている。踏まれても踏まれても、たくましく穂を実らせる、青麦は成長のシンボルだ。
 <私は「はだしのゲン」を読んで、原子爆弾が投下された日の広島のことを知った気になっていました。しかし、(被爆体験者の)お二人の話を聞いて、たくさんのことが分かりました>
 愛媛県の少女が地元紙に寄せた投書の一節だ。
 松江市教委が問題視したような残虐とも思える描写も確かにある。しかし、子どもたちは、それも踏まえて物語を貫く平和への願いや希望を感じ取り、自分の頭で考えながら、ゲンと一緒にたくましく成長を遂げている。
 表現の自由や図書館の自由宣言をわざわざ持ち出すまでもない。
 大人たちがやるべきなのは、目隠しをすることではない。子どもたちに機会を与え、ともに考えたり、話し合ったりしながら、その成長を見守ることではないか。
 昨年末に亡くなった中沢さんは「これからも読みつがれていって、何かを感じてほしい。それだけが、わたしの願いです」と、「わたしの遺書」の末尾に書いた。子どもたちよ、もっとゲンに触れ、そして自分で感じてほしい。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_top_pickup#Edit1より、
朝日新聞 社説 2013年 8月 20 日(火)付
はだしのゲン―閲覧制限はすぐ撤回を

 広島での被爆を主題にした漫画「はだしのゲン」を、松江市教委が小・中学校の図書館で自由に読めなくするよう指示していたことがわかり、全国から批判が相次いでいる。
 作品の終盤には、旧日本軍がアジアの人々の首を切断するなどの描写がある。市教委は昨年12月、「過激な表現だ」として、学校の許可なしで見られなくするよう校長会に求めた。貸し出しも認めないという。
 「ゲン」は昨年12月に死去した漫画家の中沢啓治(なかざわけいじ)さんの作品だ。実体験した原爆の惨状と戦後の苦難に加え、資料などで知った戦場の様子を強烈なタッチで描いて反響を呼んだ。
 学校図書館で読める数少ない漫画として「ゲン」を手に取り、初めて原爆に関心を持った子どもも少なくない。
 市教委の指示は、子どもたちのそうした出会いを奪いかねないものだ。しかも重要な決定の場合、公開の教育委員会議にかけるべきだが、今回は事務局の判断で決まっており、不透明というしかない。市教委はただちに指示を撤回すべきだ。
 きっかけは、ある男性から昨年8月に市議会に出された陳情書だった。「ありもしない日本軍の蛮行が掲載され、子どもたちに悪影響を及ぼす」とし、学校からの撤去を求めていた。
 陳情は不採択となったが、一部市議から「不良図書」ととらえ、市教委が適切な処置をすべきだとの意見があり、閲覧制限の指示につながった。
 「ゲン」には連載当時から「残酷」という声が寄せられ、中沢さんも描き方に悩んだと述懐している。旧軍の行為や昭和天皇の戦争責任を厳しく糾弾している点から、「偏向している」「反日漫画だ」といった批判も保守層の間で根強い。
 それでも、「ゲン」が高い評価を得たのは、自身が目の当たりにした戦争の残酷さを力いっぱい描くことで、「二度と戦争を起こしてはならない」と伝えようとした中沢さんの思いに子どもたちが共感したからだ。
 漫画を否定しがちだった先生たちが、限られた図書館予算の中から「ゲン」を積極的に受け入れたのも、作品のメッセージ力が強かったからこそだ。
 旧日本軍の行為や天皇の戦争責任をめぐっては今もさまざまな見方があり、「ゲン」に投影された中沢さんの歴史観にも議論はありえるだろう。
 それこそ、「ゲン」を題材に、子どもと大人が意見を交わし、一緒に考えていけばいい。最初から目をそらす必要はどこにもない。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130820k0000m070105000c.htmlより、
社説:はだしのゲン 戦争知る貴重な作品だ
毎日新聞 2013年08月20日 02時33分

 原爆や戦争を教育現場で学び、その悲惨さを知る機会を子供たちから奪うことになるのではないか。
 自らの被爆体験を基に描いた故中沢啓治さんの漫画「はだしのゲン」が松江市内の小中学校の図書室で自由に閲覧できなくなったことだ。
 市教委は昨年12月、過激な描写があるとして、書庫に収める閉架措置を取るよう校長会で求めた。旧日本軍のアジアでの行動などで暴力的な場面があり、子供が自由に読むのは不適切と判断したという。全10巻を保有する39校全てが応じた。
 この措置が先週明らかになると、市教委に全国から抗議や苦情が多数寄せられた。現場の教員からも、子供の知る権利の侵害だという批判が相次いでいる。
 戦争の恐ろしさを知り、平和の尊さを学ぶことは教育の中でも非常に重要な要素だ。平和教育を推進すべき教育委員会がそれを閉ざす対応をとったことには問題があり、撤回すべきだ。また、今回の措置は教育委員が出席する会議には報告していないというが、学校現場の校長らも含めてしっかり議論すべきだろう。
 市教委がこのような判断をしたきっかけは、松江市議会に昨年8月、1人の市民から「誤った歴史認識を子供に植え付ける」と学校の図書室から撤去を求める陳情があったことだ。市議会は、過激な部分がある一方で、平和教育の参考書になっているとの意見があり、陳情を不採択にした。だが、独自に検討した市教委は「旧日本軍がアジアの人々の首を切るなど過激なシーンがある」として小中学生が自由に持ち出して読むのは適切ではないと判断した。
 1973年から少年漫画誌で連載された「はだしのゲン」は、戦争が人間性を奪う恐ろしさを描いた貴重な作品として高い評価を得てきた。約20カ国語に翻訳され、原爆被害の実相を広く世界に伝えている。松江市教委も、作品が平和教育の重要な教材であること自体は認め、教員の指導で授業に使うことに問題はないと説明している。
 作品に残酷な描写があるのは、戦争や原爆そのものが残酷であり、それを表現しているからだ。行き過ぎた規制は表現の自由を侵す恐れがあるだけでなく、子供たちが考える機会を奪うことにもなる。今回のような規制が前例となってはならない。
 中沢さんは生前、「戦争や原爆というテーマは奥が深い。ゲンを入り口にいろいろと読んで成長してくれれば作者冥利に尽きる」と話している。被爆者が高齢化する一方、戦争を知らない世代が増え、戦争や原爆被害の体験を語り継ぐことがますます重要な時代を迎えている。こうした継承を封じてはならない。

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