広域化するソマリア海賊 「丸腰」危うい日本船
http://mainichi.jp/opinion/news/20130708ddm003010112000c.htmlより、
クローズアップ2013:広域化するソマリア海賊 「丸腰」危うい日本船
毎日新聞 2013年07月08日 東京朝刊
◇民間武装に銃刀法の壁
アフリカ・ソマリア周辺海域で活動する海賊を巡り、各国が商船の警備体制を強化する中、日本の対応が遅れている。民間の武装警備員の乗船を許可する特別措置法案が6月26日に閉会した通常国会で廃案となったためだ。国土交通省は法案成立を急ぐ考えだが、海賊が本格的に動き出す秋に間に合わなければ、原油を満載した日本船籍のタンカーが「狙い撃ち」にされるとの懸念が出ている。【松谷譲二】
武器は自動小銃やロケット砲。時速約30キロ以下で、甲板の高さが低く乗り込みやすそうな船を見つけると、発砲しながら小型ボートで近付く。はしごをかけて船に乗り込み、船員を人質にして多額の身代金を要求する。東南アジアなどでみられた従来の海賊は、船ごと金品を奪取する「強盗型」が多かったが、ソマリア海賊は重武装と身代金目的という特徴がある。
ソマリア海賊による各国船舶の襲撃被害は、2007年の44件から08年に111件と急増、11年には237件と4年で5倍超になった。被害が最も多かった同年は28隻が乗っ取られ、490人が人質となった。殺害された人は8人に上る。
拘束・監禁は1年以上続くことが多く、今年6月30日時点でも68人が人質になったままだ。12年までの10年間で被害に遭った日本関係の船は61隻。米国のNPOによると、ソマリア海賊が1年間に奪った身代金は約154億円(10年)と推定されている。
こうした事態に対処するため、日本は09年から海上自衛隊の護衛艦2隻とP3C哨戒機2機をアデン湾に派遣、護衛艦には計8人の海上保安官も乗せ、商船の警護にあたってきた。アデン湾にはこれまで、欧米各国や中国、韓国など約30カ国が艦船を出しており、国際的に協調して対応している。
こうした警護が功を奏したのか、12年の海賊被害は前年の3分の1の75件に減った。だが、海賊は拠点をアデン湾から東に移動して活動海域を拡大、近年は、アデン湾に比べ多くの船舶が行き来しながら、艦船による護衛が手薄なアラビア海で被害が目立っている。
この事態を受け、他国は商船に民間の武装警備員を乗船させて対応している。一方、日本籍の船には民間人の銃の所持を禁じている銃刀法が適用されるため、日本は武装警備員を乗船させることができない。主要海運国の中で、自国船に武装警備員を乗せていないのは日本とギリシャだけだが、海保関係者によると、アラビア海に艦船や人員を回す余裕はないという。
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日本船主協会(東京都)によると、国内向け原油の8割以上がアラビア海を通って輸入される。日本にとって、まさに海上輸送の生命線だが、現状では日本船は「丸腰」に近い。「他国船と比べ、日本船が襲われるリスクはより高まっている」(国交省関係者)という。
◇特措法で「抑止」に賛否
アラビア海周辺で運航する船会社は従来、国際機関などが定めるガイドラインに基づき、▽船の周囲にカミソリ刃状の有刺鉄線を張り巡らす▽頑丈な施錠部屋をつくり、飲料などを用意して乗組員の長時間避難に備える−−などの対策を取っている。
だが、こうした自衛策で被害を完全に防ぐことは不可能だ。11年3月にアラビア海で襲われた商船三井のタンカーのケースでは、海賊に有刺鉄線を乗り越えられ、レーダーや通信用アンテナが銃撃で破壊された。
そこで政府は4月、日本籍の船にも船主が雇う民間の警備員を乗せ、特例としてライフル銃の所持を認める特措法案を閣議決定した。緊急時には射撃も可能とする内容で、通常国会に提出されたが、会期末に参院で首相問責決議が可決された影響で廃案となった。
現地でモンスーン(季節風)が収まる9月以降になれば、海賊が本格的に動き出すおそれがある。船主側からは「日本船を外国籍に変更してでも武装警備員を乗せるという選択肢も考えないといけない」との声が上がっており、国交省は秋の臨時国会に法案を再提出して早期成立、施行を目指す。
特措法が施行されれば、船上とはいえ民間人の武装が初めて認められることになる。国交省関係者は「武器を持っていると分かれば海賊は去っていく」として、あくまで「抑止力」だと強調するが、問題はないのか。
武装警備員の実情に詳しい国際政治アナリストの菅原出(いずる)さんは法案に賛成しつつ「監視の隙(すき)を突いて海賊が乗り込み、船内で銃撃戦になった場合、船員が巻き込まれる最悪の事態がないとは言えない。それを念頭に置いた議論が必要だ」という。竹田いさみ・独協大教授(国際政治学)も「武装警備員による抑止は世界的な流れで効果も大きいが、対症療法に過ぎない。ソマリアの貧困問題という根源を解決しない限り、被害はなくならない」と話す。
法案が成立した場合、日本船の警護は、英の警備会社が請け負うとみられている。青井未帆(みほ)・学習院大教授(憲法学)は「外国の民間警備員に忠誠心を求めるのは無理な話だ。任務を途中で放棄したり、より高い金額を提示した側と内通する危険をどう防ぐのか。国家の安全保障と『民営化』は、そもそも相いれない」と指摘している。
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◇日本関係の船舶が被害に遭った主な海賊事件
<1999年10月>
インドネシア・スマトラ島沖のマラッカ海峡で、日本人船長らが乗った貨物船「アロンドラ・レインボー」号が、海賊十数人に襲われた。アルミ塊7000トン(約13億円相当)を乗せた船ごと奪われ、船長らは6日間監禁された後に救命いかだで投げ出されたが、無事救助された
<2005年3月>
マレーシア・ペナン島沖のマラッカ海峡で、日本船籍のタグボート「韋駄天」が武装した海賊十数人に襲われた。日本人船長ら3人が身代金目的で拉致され、1週間拘束されたが無事に解放
<08年4月>
日本郵船が所有する大型原油タンカー「高山」が、イエメン沖のアデン湾を航行中に発砲されて被弾。燃料タンクの一部に穴が開いたが自力航行で逃げ、多国籍軍の艦船にも誘導され無事だった
<11年3月>
アラビア海で、商船三井が運航するバハマ船籍のタンカー「グアナバラ」が海賊4人に乗り込まれた。乗組員は船内の避難所に退避して無事。米海軍が4人を制圧して日本に引き渡した。海賊対処法が初適用され、東京地裁で実刑判決(控訴中)