週のはじめに考える 「政府は東電処理を見直せ」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013090802000140.htmlより、
東京新聞【社説】週のはじめに考える 政府は東電処理を見直せ
2013年9月8日
東京電力福島第一原発の汚染水問題が深刻さを増しています。政府がしっかり対応するためには、原点に戻って東電処理策の見直しが不可欠です。
東電が汚染水の海洋流出を認めたのは、参院選投開票日の翌日、七月二十二日でした。それまで政府は事態を知らなかったのでしょうか。政府は昨年七月、東電に公的資金一兆円を投入し事実上、国有化しています。
経済産業省は以来、官僚を東電役員に送り込んで、経営を監視してきました。今回の事態はメルトダウン(炉心溶融)以来の重大事です。もしも知らなかったとしたら、それこそ大失態でしょう。
◆予想できた汚染水流出
当初、腰が重かった政府は海外メディアがこぞって批判的に報じる中「五輪の誘致活動に悪影響を及ぼす」とみて、総額四百七十億円を投じて、汚染水対策に乗り出す方針を決めました。財源の半分近くは予備費を活用します。
予備費は普通の予算とは違って、憲法八七条で「予見し難い予算の不足に充てるため」と厳格に使途が制限されています。たとえば、天災などの復旧費に充てられるのが普通です。
なぜかといえば、国会の事後承諾だけで政府が勝手に使える予算を野放図に認めたら、民主主義が成り立たないからです。では、汚染水流出は予想できない事態だったか。とても、そうとは言えません。
汚染水が海に流れ出す懸念は事故直後から多くの関係者が指摘していました。当時の細野豪志原発担当相は二〇一一年七月の会見で、原発周辺の地中に遮水壁を構築する案について「できるだけ早い時期に着工できないか、検討を始めた」と答えています。
つまり、流出の可能性は当時から分かっていたのです。
◆東電任せと政府の無策
それなのに、なぜ対策がとられなかったのか。菅直人元首相は自分のブログで「政府と東電の統合対策本部に検討を指示したが、約一千億円かかるということで東電が難色を示した」と告白しています。東電は巨額の費用を計上すると「債務超過」になりかねない事態を恐れたのです。ようするに「カネの問題」でした。
「東電にカネがないなら、政府がもっと早く対応すればよかった」と思う向きもあるでしょう。その通りです。海は日本だけのものではない。事態を放置すれば、世界から批判を浴びて当然です。
ところが、それはできませんでした。なぜかといえば、東電をつぶさず、あくまで会社として延命させたまま、東電の責任で事故の処理をさせるという枠組みをつくってしまったからです。
賠償金支払いも除染の費用も一時的に政府が立て替えるが、後で全額、返済させる。廃炉費用に至っては、立て替えもしません。全部、東電の責任です。
すると、何が起きたか。汚染水処理も廃炉工程の一つですから、どう作業を進めるかは東電の判断に委ねざるを得なかったのです。いくら元首相が歯ぎしりしたって、政府に法的権限はないし、カネも出さないのですから、東電が「カネがないからできない」と言えば、それまででした。
ここを乗り越えて、政府が前に出て行くためには「汚染水対策は政府がやる」とはっきり方針を決めなければなりませんでした。
今回、安倍晋三政権はカネを出す方針を決めました。ただし、税金を使うには本来、大前提があります。事故に無関係な国民に負担を強いる前に、まず東電自身と利害関係者、つまり株主と銀行が負担をしなければなりません。株主と銀行は自分のビジネスとして東電に投融資したのですから、それは当然です。
東電を破綻処理して自己資本と融資の一部を事故処理に回せば、約四兆円の資金が出てくるともいわれます。政府保有の株式一兆円分も紙切れになりますが、それを差し引いても、三兆円分は国民負担が減るのです。
東電に対応能力がないという話が本当なら、政府が対応せざるを得ません。そのためには、政府は東電処理を見直す必要があります。今回の決定は「東電は四百七十億円すら負担できないのか」「それなら破綻したも同然ではないか」「東電がお手上げなら、なぜ自ら破綻処理を申請しないのか」など疑問点が山積しています。
◆事故は第2ラウンドに
原発周辺の海の放射能濃度は八月の一週間で八倍から十八倍に増えました。事故は収束どころか、完全に「第二ラウンド」に入ったとみていいでしょう。政府が四百七十億円を出したからといって、汚染水問題は終わりません。
事態の深刻さを認識して、事故処理の枠組みを根本から考え直す。時間との闘いです。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013090502000136.htmlより、
東京新聞【社説】原発事故賠償 時効延長するしかない
2013年9月5日
福島原発事故で生じた損害賠償をめぐる懸念が広がっている。東京電力に対する請求権が民法の定める三年の時効で来年三月以降に失効する恐れがある。時効の延長を含めた新たな立法が急務だ。
「被害を知った時から三年間に請求しない場合は時効によって権利を失う」。民法七二四条のこの規定が原発事故に適用されると、請求権は来年三月十日から失効していく可能性が高い。
東京電力は原発事故後、国が決めた避難指示区域などの住民十六万人に対し、一世帯百万円(単身七十五万円)を仮払いし、土地や建物などの賠償を本格化させようとしている。
賠償額は原子力損害賠償紛争審査会が認定基準を決めた中間指針に基づくが、生活を立て直すには不十分だと指摘されている。故郷に戻れるのか、戻るのか、避難先で新たな生活を築くのか-。見通しの立たない中で請求を迷う人や、請求の仕方が分からない人。時効があることを知らないで請求権を失う人も出てくるだろう。
原発事故は通常の不法行為とは違う経験のない災害である。何の落ち度もなく困難な生活に追い込まれた人に規定を当てはめ、請求権を失わせてはならない。できる限り長く請求できるよう、年内にも時効の適用を外し、延長させる新たな法律を作るしかない。
先の国会で時効中断に関する特例法が成立した。だが、この法律が適用される人は限られている。被害者と東電の間で交渉を仲介する原子力損害賠償紛争解決センター(原発ADR)に申し立てて仲介が打ち切られた人と、一部だ。
二年前に開設したADRは当初、仲介委員などが足りず、和解案が示されるまでに平均七カ月もかかっている。組織になじみがなかったりして、八月末までの申し立ては七千五百件にすぎない。仮に被害者が時効前に申し立てに殺到しても対応しきれないだろう。
日弁連は新たな特別法について、年内に通常の債権と同じ「十年」に延長し、法施行後に賠償の進み具合をみてさらに延長▽甲状腺がんなど健康被害や土壌汚染などの被害は明らかになった時を時効の起点-と主張する。
忘れてならないのは、東電が債務を認める、被害を与えたと認める十六万人は、実態とはかけ離れて国が線引きした人で、その外側には低線量被ばくにもおびえる膨大な被害者がいることだ。被害の全容はつかめていない。賠償請求の道を閉ざしてはいけない。