田中正造、百年の問い 「足尾鉱毒と福島原発」

http://mainichi.jp/opinion/news/20130912k0000m070134000c.htmlより、
記者の目:田中正造没後100年=足立旬子(科学環境部)
毎日新聞 2013年09月12日 00時20分

 「公害の原点」と呼ばれる栃木県・足尾銅山の鉱毒事件で、被害者救済に半生をささげた政治家、田中正造(1841〜1913年)が亡くなって今年でちょうど100年。
 「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」
 「デンキ開けて世間暗夜(あんや)となれり」
 経済成長優先の近代文明を鋭く批判した言葉は、100年たっても色あせない。それどころか、東京電力福島第1原発事故後、正造の生き方や思想が再評価されている。
 足尾銅山では、明治政府の富国強兵政策の下、外貨獲得の柱として銅の大増産が古河財閥によって進められた。山の木々は燃料用に伐採されたうえ、製錬時に出る有毒ガスのため枯れて、大雨のたび、鉱毒を含んだ土砂が下流の渡良瀬川沿岸に流れ出た。稲は立ち枯れ、魚は死滅、人々は健康被害に苦しんだ。沿岸住民は「押し出し」と呼ばれる請願運動を繰り返し、国会議員の正造は、国会で国に銅山の操業停止や対策を迫った。しかし、日露戦争に突き進む国は銅生産を優先したため、天皇に直訴を試みた。
 盛り上がる世論を鎮めるため、国は鉱毒を沈殿させる名目で最下流域の旧谷中村(栃木県)に遊水地建設を計画した。正造は谷中村に移り住み、最期まで住民とともに反対運動を展開したが、村は強制的に破壊され、遠くは北海道へ移住を余儀なくされた。
 鉱毒の被害地では、田畑の土の上と下を入れ替える「天地返し」や、汚染された表土を削り取って積み上げる「毒塚」が作られた。命を育む大地が汚染され、何の罪もない人々が故郷を追われた。弱い立場の人たちにしわ寄せがくる構図は原発事故も同じだ。

 ◇「自然を征服」は人間のおごり
 正造が批判したのは、何でもカネに換算する価値観だ。科学技術の力で自然を征服できると考えるのは人間のおごりだと主張した。また「少しでも人の命に害があるものを、少しぐらいは良いと言うなよ」と、人命の尊重が何にも勝ると訴えた。軍備を全廃し、浮いた費用で世界中に若者を派遣し、外交による平和を構築することも唱えた。正造の思想に詳しい小松裕熊本大教授(日本近代史)は「ガンジーよりも早く、非暴力、不服従を実践した」と評価する。
 だが、軍国主義の時代に戦争に反対し、経済成長ではなく、人命を優先せよとの正造の訴えを支持する人は一部だった。運動の資金調達に奔走している最中、渡良瀬川沿岸で倒れ、支援者の家で亡くなった。終焉(しゅうえん)の地の8畳間を代々保存する庭田隆次さん(79)は「今はたくさんの人が見学に来るが、見向きもされない時代も長かった」と話す。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130912k0000m070134000c2.htmlより、
 正造の警句は生かされず、約50年後、今度は水俣病が発生した。化学工場のチッソ水俣工場(熊本県水俣市)で、廃液に含まれていた水銀が不知火海を汚染し、汚染された魚を多く食べた人たちが中枢神経を侵された。しかしチッソも国も生産を優先して対策を怠り、被害が拡大した。
 2020年五輪は東京で開催されることが決まった。だが、福島第1原発の汚染水漏れについて「状況はコントロールされている」と説明した安倍晋三首相に、福島の漁業者や避難生活を送る人々から厳しい目が向けられていることも忘れてはならない。

 ◇国民にも向かう厳しいまなざし
 私財を運動に投じた正造の全財産は、信玄袋に入った大日本帝国憲法と聖書、日記帳、石ころなどわずかだった。死の間際に「見舞客が大勢来ているようだが、うれしくも何ともない。正造に同情してくれるか知らないが、正造の事業に同情して来ている者は一人もない」と言い残したという。また「俺の書いたものを見るな。俺がやってきた行為を見よ」とも言っていた。
 正造と鉱毒事件を研究する「渡良瀬川研究会」の赤上剛副代表(72)は「正造の事業とは鉱毒事件解決だけではない。憲法に基づき、国家が国民の生命と生活をきちんと守るよう、政治も含め社会の仕組みを変えようとした」と話す。
 厳しいまなざしは、国民にも向けられた。採石のため山容が変わるほど削られた霊山「岩船山」(栃木県)を引き合いに「今の政治に今の国民を見る」と嘆いた。
 今月4日の正造の命日に、出身地の栃木県佐野市で法要が営まれた。始まってすぐに雨が激しくなり、雷が何度も鳴り響いた。100年たって日本は経済大国になったが、山や川が荒らされ、人の命が軽んじられている。政治家は、国民は、何をやっているのかと、正造が咤(しった)しているように感じた。一人一人が何ができるかを考え、行動を起こせ−−。雷鳴が胸に刺さった。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013090202000123.htmlより、
東京新聞【社説】田中正造、百年の問い 足尾鉱毒と福島原発
2013年9月2日

 田中正造。足尾鉱毒と生涯をかけて闘った。四日はその没後百年。正造翁が挑んだものは、水俣病や福島原発の姿を借りて、今もそこにあるようです。
 渡良瀬遊水地の三つの調整池のうちただ一つ、普段から水をたたえた谷中湖は、巨大なハートのかたち=写真、堀内洋助撮影=をしています。
 そのちょうど、くびれの部分が、旧栃木県谷中村の名残です。前世紀の初め、遊水地を造るために廃村にされながら、そのあたりは水没を免れました。
 ヨシ原と夏草に埋もれたような遺跡の奥に分け入ると、延命院というお寺の跡に、古びた赤い郵便受けが立っていて、その中に一冊のノートが置かれています。

◆「連絡ノート」は記す
 谷中村の遺跡を守る会の「連絡ノート」。ご自由にあなたの思いを書き込んでくださいと一九九四年に置かれて以来、十七冊目になりました。前夜の雨に湿ったノートをめくってみます。
 <5月19日。福島の原発や避難区域に指定されている集落が第二の谷中村にならないことを、ただただ願うばかりです>。東京都品川区の人。
 <6月30日。日本近代の公害の原点、谷中の歴史を学び、水俣と谷中を結び、真の文明を未来へつないでいくことを約束します。水俣病事件の受難者に寄り添いながら>。熊本県水俣市の人。
 どちらも丁寧な筆跡でした。
 原点の公害。それが足尾鉱毒事件です。
 現在の栃木県日光市にあった足尾銅山は明治期、東アジア一の産出量を誇っていた。当時の銅は主要輸出品。増産は国策だった。
 ところが、精錬時の排煙、精製時の鉱毒ガスが渡良瀬川上流に酸性雨を降らし、煙害が山を荒らした。そのため下流で洪水が頻発し、排水に含まれる酸性物質や重金属類などの鉱毒があふれ出て、汚染水が田畑を荒らし、人々の暮らしと命を蝕(むしば)んだ。
 栃木県選出の衆議院議員として、それに立ち向かったのが、田中正造でした。
 正造は明治憲法に保障された人権を愚直なまでに信奉し、十一年に及ぶ議員活動の大半を鉱毒問題に費やした。
 議員を辞職したあとも、困窮する住民の救済を訴え、一命を賭して明治天皇に直訴した。活動に私財を投じ、死後残した財産は、河原の石ころと聖書、憲法の小冊子。清貧の義民は、小学校の教科書にも紹介されて名高い。

◆重なるふるさと喪失
 時の政府はどうでしょう。
 煙や排水を止めさせて、根本解決を図ろうとはせずに、夏になると田んぼを真っ白に覆ったという鉱毒を巨大な溜池(ためいけ)を造ってその底に沈殿させ、封じ込めようと考えました。それが谷中湖です。
 足尾閉山から今年でちょうど四十年。湖底に積もった毒が、取り除かれたわけではありません。東日本大震災の影響で、渡良瀬川下流から基準値を超える鉛が検出されたのも、偶然とは思えません。
 国策の犠牲、大企業や政府の不作為、ふるさとの喪失、そして汚染水…。渡良瀬、水俣、そして福島の風景は重なり合って、この国の実像を今に突きつけます。
 田中正造よ、よみがえれ、そう念じたくもなるでしょう。でも、私たちが求めるものは、それだけですか。
 去年正造の伝記小説「岸辺に生(お)う」を上梓(じょうし)した栃木県在住の作家水樹涼子さんは「万物の命を何よりも大切に思う人でした」と、その魅力を語ります。同感です。
 晩年の日記に残る鮮烈な一節。「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」
 それだけではありません。「少しだも/人のいのちに害ありて/すこしぐらいハ/よいと云(い)ふなよ」という狂歌などにもそれは明らかです。

◆私たち自身で出す答え
 お金より命が大事、戦いより平和が大事…。原点の公害を振り返り、今学び直すべきことは、何よりも命を大切にしたいと願う、人間の原点なのではないか。
 「みんな正造の病気に同情するだけで、正造の問題に同情しているのではない。おれは、うれしくも何ともない」
 長年封印されてきたという正造最期の言葉です。
 意外でも何でもありません。そもそも誰の問題か。百年の問いに答えを出すべきは、私たち自身なのだということです。

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